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I.方法論的考察とその歴史
ここで方法論というのは,問題の解決をどのような仕方で試みるかということを考察することであって,問題の解決を与えることではない。ある目標に達するための優先的,効果的,具体的な方策をたてることは,戦術論や戦略論であって,方法論ではない。わが国では方法論というととかく技術上の論議と混同されるが,それは誤解である。方法論はまず全体を見渡して問題のあり方を見定めること,研究の目指す方向を定位して問題の立て方を考えることである。問題のあり方を見定めるのは地図をつくる作業に似ている。地図というと平面的に受け取られるおそれがあるというなら,問題の構造と言いかえてもよい。この地図の中にどのような道をつけるか,それが問題の立て方である。道ははっきりとわかっていないのが特徴だというなら,探索の仕方と言いかえてもよい。地図は一種類しか描けないというものではなく,道は一本とは限らない。できるだけ応用のきく一般的な地図と自由な足どりを可能にする道を,精神医学のために用意することが本論文の目的である。
精神医学にとって方法論的考察が今日何故に必要なのであろうか。近頃,知性に対する信頼が失われたということを表明するのが一部の流行となっており,それが人間性を尊重することでもあるかのようにふるまう人さえある。方法論的考察すらも拒否する声があることは,問題を却って鮮烈に意識させるものである。その声によれば,現場に密着して生じた問題提起は,方法論という抽象的次元でいなされてしまうというのである。方法論的に反省しようという知的な発想自体が,事態の根源的な理解からわれわれを遠ざけるものだというのである。私は,方法論でいなされてしまったり,遠ざけられてしまうような問題提起や理解は,はたして現場に密着し事態の根源に迫っているものか疑わしく思う。また,たとえ現場の問題をいなしてしまうような抽象化による方法論が一部にみられたとしても,それは正しいものではあるまい。正しい抽象化とは,同じ目的に対し,異なった手段,異なった立場に立って努力している人びとが,より具体的に協力しあえるためになされる作業なのであり,この時にこそ真に価値ある方法論が成立するのである。
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