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I.はじめに
ここ十数年来,精神医学的研究の1つの新しい動向として,精神病者を単に病んでいる個人としてみていくだけではなく,また病者の生活史の途上において内面化されていった他者像,これとの葛藤や不満などの消息を分析していくだけでもなく,病者が1つの立場を占め,そこである役割を果たしている家族全体の対人的力動へと視点を移した研究,すなわち一言にして家族力動についての研究が進められ,さらには視点が拡大されて,病者が生きている職場や地域社会における人間関係の分析もなされてきた。これらの諸研究は要するに,一定の家族,あるいはこの家族を包んでいる家(いえ),血のつながり,土地,故郷(ふるさと),地域社会などのなかで病んでいる人間についての精神医学的研究であるといえよう。ところが今日の文化的状況においては,こうした家や土地や故郷や既存のコミュニティー自体が変貌し,さらには崩壊しつつあるわけであり,ここで臨床精神医学は,まったく新しい課題に直面しなければならなくなってきた。ここ5年ないし10年来,にわかに盛んになってきたいわゆるtranscultural psychiatry(以下かりに超文化精神医学と訳すことにする)は,少なくとも筆者たちにとっては,このような臨床精神医学的課題に根拠を置いているわけである1)。しかもわれわれが奥能登の分裂病者について報告してきた超文化精神医学的調査によると,文化変貌のなかで発病した分裂病についての上述の観点からの研究が,かえって分裂病一般についての新しい見方を示唆してくれるもののごとくなのである1〜4)。
そこで今回は,われわれが3年来行ってきた奥能登における超文化精神医学的調査のうち,躁うつ病について知り得た事柄を報告したいと思う。しかもわれわれにとって,奥能登の躁うつ病の精神病理と社会病理は,他のいずれの精神疾患にもまして,人間存在における家と土地と故郷の意味を開示してくれるように思われるのである。
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