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分裂病と創造性の関連について論ずることはきわめて広汎にわたつているので,宮本氏が述べたように,病跡学的興味の対象を選ぶときムンクのような画家とカフカのような文学者とを研究者自身の興味と力量によつてあらかじめはつきり区別することが必要である。また比較芸術病理学的研究のために,明らかな分裂病者の病的絵画と超現実主義者の絵画の類似性を精神病理学的に究明することも未開拓の分野といえよう。宮本氏のとりあげた画家ムンクの『叫び』は両手で両耳を被うて絶叫している図で,油絵よりも版画のほうに幻覚に苦悩するであろう破局寸前のCry for helpの実感がみられる。ロスアンゼルス市自殺予防センターのパンフレットの口絵に転用されているのもむべなるかなと思われる。他の作『マドンナ』も「女体の病み疲れたものに妊娠の悲しいイメージのなかに,生と死との懐疑,不安,孤独,憂愁の感情の交錯をあふれさせている」(嘉門安雄による)点から精神病理学的に興味をひく。
宮本氏はこの長寿の画家の生涯と作品との関係を病誌を通じてあとづけた報告をされ,Winklerの考えの分裂病の妄想型辺縁圏内にあるとする説を採用している。しかし36歳発病当時には四角関係という恋愛の悩みの心因も考えられる点と,46歳軽快後の画風の外向化の転換は気分昂揚の軽躁気分とみることはできないだろうか。これは懐疑,不安,孤独,憂愁の少年期から環境的に身心両面の素地に色あげされていたものが,神経症的体験を転機として魂の生長開眼として社会的自己実現の方向に発展した画風の変化とみられないであろうか。宮本氏は『叫び』は狭義の幻覚ではなく広義の幻覚的意識を母胎として創造された名作であるとしているが,この幻覚的意識から完全にさめた現実直視のなかでの『坑夫』などの制作も健康な名作とよべるであろう。
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