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Ⅰ.はじめに
―疾患単位と類型―
非定型精神病とは何かという問題は,現在の精神医学のうちでいちばん複雑な,また幾とおりもの解答を含んでいるものであろう†。ところで「非定型精神病」という概念が成り立つ前提として,「定型精神病」のわくが具体的に決められるのが自然の順序であることはいうまでもない。しかしその前に,もつと基本的な問題,つまり精神疾患,とくにいわゆる内因性精神病を対象とする場合に,「定型」とか「非定型」とかいう言葉がどんな意味をもつているかという点について考えてみることが必要であろう。
そこでわれわれはまず,Kraepelinの疾患単位(Krankheitseinheit)という概念にふれないわけにいかない。すでによく知られているように,Kraepelinは一方では進行麻痺をモデルとし,他方ではKahlbaumの考えかたを発展させて,症状,原因,経過,転帰などを共通にもつものをまとめて疾患単位を定めようとこころみ,早発痴呆および躁うつ病という概念を提唱した。しかしJaspers18),も指摘しているように,ここで2つの点が問題になつて浮かび上がつてくる。すなわち第1に,進行麻痺は原因的,神経学的,さらに神経病理学的にみれば1つの単位ではあるが,あらゆる種類の精神症状が現われるので,精神病理学的には1つの単位を決める規準にはならない。第2に,経過や転帰などをも考慮にいれてみた場合の全体としての精神病像については,明確な境界線をひくことは事実上不可能であり,相互の間にあらゆる移行があつて,結局いくつかの類型として取り出すことができるにすぎない。このような観点から,Jaspersは疾患単位の理念を否定して,類型の理念を主張したわけである。
K. Schneiderとその学派も,Jaspersの思想を受けついでいるが,K. Schneider58)によれば,感情循環病(Zyklothymie)と精神分裂病(Schizophrenie)は,互いにはつきり区別しうる単位ではなく,むしろ類型にすぎないのであつて,その間にはあらゆる移行型があり,この2つの疾患の場合に問題になるのは,鑑別診断学ではなく,鑑別類型学(Differentialtypologie)であるという。
このように,定型か非定型かという問題設定の出発点が,Kraepelinの疾患単位の理念にもとついた2分主義であることは’あらためて述べるまでもない。ところでConrad4)は,Kraepelinの教科書における疾患分類の変遷をたどり,第1版(1883)から第9版(1927)までの間に,版が改められるごとに分類が変えられているという事実から,もしもKraepelinがもつと生存していたら,分類はもつと変わつたであろうと述べているが,おそらくそのようなことになつていたかもしれない。
Kraeplinが規定した2つの疾患のほかに,そのいずれにも属さない中間型ないし移行型が存在することは,事実としてすべての人が認めざるをえなくなつたといえる。そして疾患単位の理念にもとづく2分主義を揚棄しようとするこころみが,非定型精神病についての論議の出発点であり,また上の事実をいかに意味づけるかという点で,考え方が分かれるわけである。
いままでの多くの見解をおしつめていくと結局2つの極限に達する。1つは「非定型」の疾病学的な特殊性ないし独立性を追究する立場で,結果としては無数の「定型」を設定することになる。他は定型-非定型の問題を,あくまでも現象のレベルで取り扱う類型論の立場である。非定型精神病に関するいままでの論説は,だいたいこの2つの両極の問のどこかに位置づけることができるが,本稿では後述するような3つの方面からまとめてみたいと思う。
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