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はじめ
前回(第3巻第7号)われわれは分裂病の心理療法の歴史を概観したのであるが,今回は主として1950年以後に提出された諸問題のうちのいくつかをとりあげてみたい。
すでにのべたごとく,1950年代への転換期にはFromm-ReichmanとRosenの著作が公けにされ,はなはだエッセイふうにではあつたが,それまでの彼らの業績のひとつの決算として,それぞれの立場からの総括的な方法が示されたのであつた。それに続く50年代の半ばから後半にかけては,個人の著作のほかにシンポジウム形式による討論が増え,それによつて各個の業績の中に最大公約数を求めようとする動きが出てきたのが特徴であろう。なかでも分裂病の心理療法過程をコミュニケーションの観点からながめ,分裂病症状自体をもここからとらえようとする動向がもつともめだつた。以上の業績のおもなものをあげてみると,E. B. BrodyとT. C. Redlich編の「分裂病者の心理療法」(1952),G. Bychowskiの「精神病の心理療法」(1952),M. A. Sechehayeの「分裂病心理療法序説」(1954),L. B, Hillの「分裂病への心理療法的介入」(1955),C. A. Whitaker編の「慢性分裂病者の心理療法」(1958),G. BenedettiとC. Müller編の「第1回および第2回分裂病心理療法国際シンポジウム報告」(1958)H. F. Searlesの「非人間的環境」(1960),K. L. Artiss編の「コミュニケーションとしてみた分裂病症状」(1959),A. Burton編の「精神病の心理療法」(1961),J. G. Dawsonら編の「分裂病者の心理療法」(1961)がある。ところで以上の集大成とシンポジウムという2型式に加えて,新たに第3の傾向が生まれていることを,書き加えておきたい。それは最近までの治療者自身による研究の発表というかたちではなく,Temple大学のEnglish, ScheflenらのようにRosenの治療を第3者として側面から長期にわたつて研究し,そこに何が行なわれているかを知ろうとするこころみが始められたことである。これにっいてM. W. Brodyの「直接分析の観察」(1959),A. E. Scheflenの「分裂病の心理療法:直接分析研究」(1961)などの著作がすでに公刊されている。
他方ヨーロッパにおいては精神医学的現存在分析を初めとする哲学的人間学派からの治療問題に関する発言がようやくめだつたものになつてきた。もつともこの潮流は元来第一義的に治療論ではないから,以上の米国の研究と同列に論じられるものではないし,またすぐさまわれわれが利用できる性質のものでもないが,以上の米国の方法の大部分が「適応」概念によつて代表される,すこぶる楽観的な人間観にもとついていることを考慮にいれるなら,分裂病者を人間の存在様式からとらえようとするみかたは単に批判としての意義のみにとどまらず,分裂病の心理療法に対してなんらかの積極的な寄与をなすことが今後期待される。
ところでこのような一連の研究は当然また精神分裂病の精神病理学的追求のため有力な手段をわれわれに提供する。つまり分裂病者に対する接近の成功と失敗を通じて,患者の心的力動を確かめることができるし,また神経症者の場合のような文化社会的要因による複雑さが分裂病者の対人的力動ではほとんど拭い去られてしまい,人間の精神発達史上における要因がむき出しの原始的なかたちで露呈されるから,人間理解への恰好の手段となりうる。しかしこの種の分裂病研究の方法にはまた,いくつかの弱点のあることも事実である。疾患単位としての分裂病把握に対する混乱は別としても,分裂病者との接触の不安定性および逆転移の占める大きな比重という問題が治療者側の課題として浮かび上がつてくるとともに,そのコミュニケーションの複雑性は治療者の絶えざる緊張と明敏さを長期にわたつて要求することになる。だがそのような長時間の配慮が要求されるにしても,この方法が今後分裂病の精神病理学的追求に対して多くの可能性を含んでいることは否定できないと思われる。
またさらにこの研究方法は以前から主張されている分裂病症状を新しい観点のもとでみなおさせもする。たとえばE. Bleulerが分裂病の基本症状の一つにかぞえたAmbivalenzは,その後分裂病症状のすべてをひとつの標識のもとにとらえようとする動向のためにそれほど重視されることなく過ぎたようであるが,心理療法が分裂病者との接触の経験を増すにつれて,分裂病者の対人態度の重要な特徴としてふたたびこの両価性が注目されるにいたつた。そして後述するごとく,操作論的側面からは両極性(bipolarity)として,また家族研究において,とりわけ分裂病因的な母親の研究においては二重結合(double bindedness)として指摘された。
その結果,こんにちでは分裂病者とある程度の接触ができあがったあとには,いかにして彼らの両価的対人態度に対処するかが治療促進上の決定的契機のひとつになつているといつても過言ではたいほどなのである。
以下,Fromm-Reichmannの業績,Rosenの直接分析に対する第三者的立場からする研究,操作主義的方法に関連してAmbivalenzについての若干の考察,欧州の精神医学的現存在分析の治療への寄与と,米国の治療方法との比較対照などについて,ごく簡単にふれたいと思う。
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