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精神障害者の示す種々の個々の症状を,ただそういうものであつて,診断上どのように役に立つかということを定めれば,臨床精神医学の仕事はすむようなものの,そういう症状はなぜおこつてくるのか,あるいは人間はどうしてこのような奇妙な症状を呈するものなのか,こういう奇妙な症状を呈する人間とはどのような存在なのか,奇妙な症状というものは,ただそういうものであるという以上に何か意味があるのかなどという,いろいろの疑問がおこつてくる。このような疑問はなかなか解決できそうもない。肉体の病気にしたところで,炎症などというものは,いかにも合目的的におこつてくる,有意義なものであるが,癌となるとそうはいかない。慢性の刺戟が加わつていると突然細胞は変化をおこして,ひとりでに際限もなく増殖し,有害な物質を出し,ついにその人間個体を亡ぼしてしまうのは,どういう意味があるのであろうか。
精神障害者の種々の症状や状態は,体の病気という物質的なものよりは,なぜそうなつてきたのかということを人に考えさせるものである。器質性脳病の際の多くの精神病の患者があれば,非専門家である家族や身近なものはみな精神的動機を考えるものである。進行麻痺の患者の家族や身近なものはみな精神的動機を考えるものであり,人間は一般に何か精神的な変化があれば,その前にその動機となるような精神的なものがあると考えるものである。これは了解的な見方であり,心を持つた人間はみなこう考えたがる,いかにも人間的な見方なのである。ところが進行麻痺はこのようにして了解的におこつたものではないと自然科学はおしえる。それでは非専門家の上のような了解的な見方はまちがつているわけなのであろうか。これはまちがいであるとかないとかの問題ではあるまい。見方の相異によるのであろう。自然科学的にみればまちがいである。しかし心を持つた人間同志の間でみれば,こう見たところでまちがいということはないのではあるまいか。
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