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はじめに~治療プログラムの必要性 わが国は,覚せい剤の乱用問題が,第二次大戦後から60年近くもの長きにわたって続いているという,国際的にみても稀有な国だ。それにもかかわらず,わが国の多くの精神科医療関係者にとって,薬物関連精神障害の臨床とは,幻覚や妄想といった中毒性精神病の治療でしかなく,薬物関連精神障害の根本的問題である依存症―「薬物を使わないではいられない」という使用コントロールの喪失―は,単なる「犯罪」でしかない。残念ながら,「薬物依存症は医療ではなく司法で」,あるいは「治療ではなく取り締まりを」と考える者も少なくない。
そうした見解を反映してか,わが国には,薬物依存症の治療を引き受ける医療機関がきわめて少ないのが現状である。しかも,その数少ない医療機関に,常に薬物依存症の治療プログラムがあるとはかぎらない。仮に入院治療プログラムがあったとしても,外来治療プログラムを持つ施設はきわめてまれである。これでは,入院治療プログラムによる介入効果を維持することが難しい。いかに優れた入院治療を提供したとしても,それだけでは地域生活におけるクリーン(薬物を使っていない状態)は約束されないのである。
なかには,筆者のこうした見解に異を唱え,「いや,うちの病院では外来治療プログラムをやっている」と主張する精神科医療機関があるかもしれない。しかし,そのような施設でさえも,よくよく話を聞いてみると,アルコール依存症の外来治療プログラムで代用し,たとえば,通院治療のなかで薬物依存症患者が「また覚せい剤を使ってしまいました」と告白した場合には,警察に自首することを提案するといった,いわば「本人の根性だけが頼みの綱」といった治療を行っていたりする。これでは,再使用した依存者は,司法的対応を危惧して外来治療を中断し,結果的に「再使用」という絶好のチャンスを治療に生かすことができないであろう。
なるほど,外来治療プログラムの代用として,薬物依存症患者をN.A.(Narcotics Anonymous)やダルク(Drug Addiction Rehabilitation Center;DARC)につなげる方法もある。だが,ダルクにつなげば,それで問題解決とはかぎらない。近年では,統合失調症や気分障害,あるいは摂食障害や外傷後ストレス障害を併存する,医療的支援を要する薬物依存患者が安易にダルクに丸投げされ,その結果,当事者スタッフの疲弊を招いている現実もある。また,「ハイヤー・パワー」や「神」といった宗教的な表現が多い12ステッププログラムに抵抗感を抱いて,N.A.やダルクを利用したがらない薬物依存症患者もいる。こうした者に対して,精神科医療者が,「まだ底をついていない」,「否認が強い」と判断し,援助から切り捨ててしまう事態もないとはいえない2)。本来であれば,地域に12ステップ以外の治療プログラムがあってしかるべきだが,現状では,薬物依存症患者の多様なニーズに答える選択肢がないのである。
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