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はじめに
わが国において,性同一性障害(gender identity disorder)が公な形で医学の世界で取り上げられたのは,平成8(1996)年と,比較的最近のことである。それまでにも,性転換症,あるいは性転向症という言葉は用いられてはいたが,医学の領域で学術的対象とされることはほとんどなかったといえよう。わが国にこの問題が登場してきた経緯については,別の記述23)に譲るが,いわば突然のように医療界に持ち込まれた性同一性障害という問題に対して,わが国の現状は,学術的にも社会的にもいまだ適切に対処できるような状況にはなかったといえよう。
ところで,性同一性障害にまつわる課題として,わが国の医学・医療ならびに社会が解決すべきいくつかの問題については,すでに埼玉医科大学の「倫理委員会答申」26),ならびに日本精神神経学会の「答申と提言」14)において指摘されているとおりである(表1)。
これら指摘された課題の中では,改名の申請に対して,性同一性障害という疾患名を理由として,戸籍上の名前の変更が認められるようになったり,平成15(2003)年7月には「性同一性障害者性別取扱特例法」が交付され,1年後の平成16(2004)年7月より,一定の条件を満たした者ではあるが,戸籍上の性別を変更することも可能となるなど,性同一性障害をめぐる環境の整備も多少の進展をみた。しかし,その一方では,経済的な保障や医療支援,社会的な認知や理解,平等性の確保など,いまだ対応が不十分な問題も少なくない。
さらにまた,学術的側面では,専門家の養成や専門医療施設の整備は遅々として進んでいないのが現状である。しかし,このような医療の未整備状況はわが国だけでなく,わが国より早くから性別違和の問題に取り組んでいる諸外国においても必ずしも良い状況にあるとはいえないようである。たとえば,O'Donoghuによれば,ヨーロッパでも国によっては,性別適合手術が円滑に行われているとはいえず,高額な治療費を払わざるを得なかったり,ジェンダーを専門とする医師が辞めることによって,ジェンダーの診療センターを閉鎖せざるを得ない状況もあるようである15)。
また,パキスタンのように性別適合手術をする専門医療機関がないところもあれば28),トルコのように宗教上の理由や独特の社会制度の中でジェンダーの問題が封印される国もある5)など,社会や文化,歴史の中で,性同一性障害をめぐってさまざまな問題が存在していることは,わが国に限らず,世界的な現象である。
このことからわかるように,ジェンダーにかかわる医療環境の整備や社会の受け入れの改善については,時間をかけた根気強い取り組みにより,当事者のQOL(quality of life)を高めるにはどうすべきか,今後,解決に向けて模索することが求められる。
そこでここでは,性同一性障害にかかわる学術的課題に限定して,どのような解決すべき問題が存在するかについて考えてみたい。その際,症候学,診断,治療,成因など,多岐にわたる学術的課題の中から,特に性同一性障害の持つ症状の多様性・個別性という切り口で国の内外の文献を渉猟し,今後の課題を考えたい。
なぜなら,これまでは,たとえば診断についていえば,国際診断基準に基づいて診断するとされているが,実際には症状には個人によるばらつきが大きく,それも生物学的に男性の性同一性障害者(male to female, MTF)が示す症状と,女性のそれ(female to male, FTM)が示す症状に違いのあることが明らかになっており24,27),今後は性同一性障害の多様性や個別性を踏まえた診断,治療などの学術的検討を行う必要があると考えるからである。
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