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この本は副題にturning 60-my past writing worksとあるように,現在大正大学人間学部の教授である野田文隆氏の還暦を記念したアンソロジーとでもいうべき著作集で,団塊世代には懐かしい60年代の薫りと,マイノリティの精神科医にふさわしいオプティミズムと理想主義,ヒューマニズムにあふれた1冊である。精神医学の辺縁とでもいうべき,コンサルテーション・リエゾン精神医学とマイノリティの精神医学から精神科医としてのキャリアをスタートした野田氏の実践記録であり,メンタルヘルスの専門家,オーガナイザー,チームリーダーとしてのこれからの精神科医の役割を考えるうえでの重要な示唆と刺激に満ちている。野田氏はインドシナ難民の支援をしつつ,わが国における多文化間精神医学の草分けとして学会を設立し,理事長として活躍するばかりでなく,ブリティッシュ・コロンビア大学精神科のadjunct professorも兼任し定期的にバンクーバーで診療している,まさに国際派精神科医である。
本書ではまず,「私のマイノリティ白書」というタイトルで,団塊世代らしい生い立ちを紹介している。宮崎の山深い村で生まれたと,大江健三郎を思い起こさせる書き出しである。開高健や山口瞳などの錚々たる作家たちと席を同じくしたコピーライター時代から,再び医師を志し今日に至るまでが述べられている。第Ⅰ部では日本の精神科卒後教育に絶望し,林宗義の実践に魅せられてカナダで精神科レジデントとなった体験をまとめた「汗をかきかきレジデント」と,バンクーバーの日系コミュニティに対するメンタルヘルスケアの実践記録が紹介されている。第Ⅱ部では,カナダから帰国後,わが国の精神科リハビリテーションの草分けである蜂矢英彦氏の率いる東京武蔵野病院で行ったリハビリテーションサービスのプロジェクトの結果と,そこから見えてきた,今後のわが国における精神科リハビリテーションの在り方が述べられている。第Ⅲ部では,多文化間精神医学会の設立の経緯と難民や在日外国人に対するメンタルヘルスケアについて提言を行っている。第Ⅳ部では「精神医学の将来」と題して学会認定医制度や卒後教育への提言が,第Ⅴ部ではこれまでの実践から得られた心理や福祉などの他職種との協働の必要性が述べられ,第Ⅵ部では作家村上龍氏との対談や,コピーライティングなどが紹介されている。
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