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はじめに
てんかん患者では精神症状や行動変化を伴いやすいことが古くから指摘されてきた。十分な疫学研究はほとんどないが,最近の研究からはてんかんと種々の精神疾患の併存は予想以上に多いことがいわれている12)。幻覚や妄想を中心とした精神病とてんかんの関係については,両者の親和性,拮抗性,偶然の合併のいずれもが存在し得るところに,この関係の難しさがある8)。歴史的には,1930年代にMedunaが精神病患者にその治療として中枢刺激薬を筋注し全身けいれんを引き起こし,両疾患の生物学的拮抗関係を強調したといわれてきた。しかし,WolfとTrimble27)はMedunaの論文を再検討した結果,彼はてんかん発作と精神病症状が症候論的に拮抗することを述べたが,両疾患の拮抗関係を主張したのでなくむしろ親和性を強く認識していたとし,症候論的拮抗性と疾病論的親和性が同時に存在しても相矛盾するものではないとした。
最近,デンマークでの227万人の登録データの疫学研究の結果が報告された19)。抗てんかん薬誘発性の精神病が検討されていないなどその解釈に関して異論はあるが,報告ではてんかんは対象の1.5%に認められ,一般人口と比べてんかん患者が統合失調症および統合失調様精神病schizophrenia-like psychosis(短期間の精神病状態なども含めた統合失調症圏障害)になるリスクは,それぞれ2.48倍,2.93倍と有意に高く,両疾患の疾病論的親和性が支持された。したがって,てんかんにおいて精神病症状の発現をいかに予防するかは重要な課題であるが,残念ながら本邦ではこの問題に対する精神科医の関心は低く,てんかん治療すら敬遠する若い精神科医が増えている。
てんかんは通常,てんかんの発病後,比較的長い期間を経て精神病症状が出現することが多いといわれており,統合失調症の早期介入などと比べ,大半の患者はすでにてんかんの治療を受けているので,精神病症状に対する予防介入に関してきわめて有利な立場にある。すなわち,もし精神病の明らかな早期徴候や前駆症状あるいは明確な危険因子がわかれば,容易に予防介入ができるだろう(図1)。また,最近ではてんかんの脳外科治療が進歩し,精神病症状を伴う患者での病巣切除の影響や,病巣切除後に新たに出現する精神病症状(de novo psychosis)をみる機会が増え,新たな知見が加わりつつある5)。
てんかんに伴う精神病症状の発生機序は多様で,てんかんの病態ないしてんかん発作の影響,抗てんかん薬の影響,心理社会的要因(たとえば,てんかんのスティグマ),脳器質的要因などが知られている。それらの要因に対するきめ細かな観察と対応が重要であることはいうまでもない。もし,てんかんの病態ないしてんかん発作自体が精神病症状を惹起するとしたら,特異的な治療方法が開発されるかもしれない。そこで,本稿ではてんかんの病態ないしてんかん発作によって精神病症状が惹起される可能性を考察し,その中で最近注目されている“発作間欠期不快気分障害interictal dysphoric disorder(IDD)”4~6)の概念を紹介し,これが精神病予防の標的症状となる可能性を中心に論じたい。したがって,抗てんかん薬の影響,心理社会的要因,脳器質的要因に関しては触れない。
なお,発作間欠期不快気分障害という用語は,アメリカ精神医学会のDSM-Ⅳ-TRの暫定カテゴリーにある“月経前不快気分障害premenstrual dysphoric disorder(PMDD)”の邦訳を参考にした2)。Dysphoricには“不機嫌な”という邦訳もあるが,PMDDやIDDの症状を見ると多様な状態を意味しているので,適訳とはいえないが不快気分とした。ちなみに,PMDDとIDDには臨床的な関連性が指摘されている6)。
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