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発達障害診断のパラダイム変化
アスペルガー症候群の診断の問題を扱う前に,発達障害の診断をめぐる問題に関して,述べておきたい4)。児童精神医学が対象とする領域は,従来から情緒障害と発達障害とに分けられてきた。従来の成人精神医学の分類で言えば,器質因性の精神疾患と心因性(一部に内因性)の精神疾患の区分に相当する。しかし近年の生物学的精神医学研究の進展によって,この区別が怪しくなってきた。いわゆる神経症においても脳の機能的な異常が明らかにされ,さらに心因であることが最も明確な疾患である外傷後ストレス障害において,強い心的外傷により扁桃体の機能障害や海馬の萎縮などの明確な器質的変化が現れることが明らかとなった。その後,強いPTSD症状を呈する個体は,もともと扁桃体が小さいということも明らかになった。小さい扁桃体が作られるのは被虐待体験であるという有力な説があるが,一方で遺伝的な負因があることも疑いない。もともと器質的な基盤がある個体が心因にさらされたときに,さらに器質的な変化が引き起こされ,精神症状として発現するのである。これは器質因(負因)と心因との掛け算によって治療の対象となる精神科疾患が生じるという普遍的なモデルである。このモデルは,高血圧症,糖尿病,またがんなど,ほぼすべての慢性疾患の場合と同一である。さらにこのモデルは児童にみられる心の問題にもそのまま当てはまる。児童の精神科疾患においてもっとも多いパターンは,元々の生物学的素因に情緒的な問題が絡み合って複合的な臨床像が造られたものである。情緒的な問題といえども発達途上にある子どもに長期にわたる問題となれば必ず発達障害にたどり着く。逆に発達障害の場合も,適応障害は一義的な認知の凹凸よりも,その結果として生じる対人関係における被害念慮,不適切な行動パターンなど,二次的な心因的な問題によってもたらされる。
つまり正常か発達障害かという二群分けは完全な誤りであり,発達障害の診断を行う意味とは,発達障害の治療である教育において,個別の対応を行うニードがあるか否かという一点に尽きる。個別の対応を行うことで,後年の適応障害が軽減できる,あるいは予防できれば,発達障害の診断を下すことが妥当かつ必要である。
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