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「上医は国を医す,その次は疾人をす,固より医の官なり」という諺がある。「広辞苑」などによれば,古代中国晋の「国語」に載っている故事に由来する。秦の景公が派遣した医師の和が,晋の平公を診察した時に,「医国家に及ぶか」(医学は国事に関与するのか)との趙文子の問いに答えたものである。「すぐれた医師は国の疾病である戦乱や弊風を治め,除くもので,個人の病気を治すのはその次である。この二つとも医術に属したことである」という意である。名医,上医を「国手」とも称するゆえんである。昔の人は,小気味はいいが,ずいぶんと思いきったものの言い方をしたように感じられる。ところで土居健郎の著書に次のような箴言がある。“To cure occasionally, to relieve often, and to comfort always(時に治癒させ,しばしば恢復させえるといえども,常なるは慰めなり)” 現代精神医学が進歩してきたとはいえ,いまなお慢性精神病や重篤な人格障害の治療において,個人を治癒させることが困難であることが稀ではない。上医どころか中医であることも難しいことがしばしばである。また「生兵法は大疵のもと」,「餅は餅屋」という諺もある。専門外のことにむやみに首を突っ込まないことに越したことはない。
一方,社会精神医学が近年めざましい発展を遂げ,わが国においても「日本社会精神医学会」は1,500名近い会員を擁し,来る2004年10月24~27日には「第18回世界社会精神医学会(World Congress of World Association for Social Psychiatry)」が神戸国際会議場において開催される。この「社会精神医学(Social Psychiatry)」は端的には社会学と精神医学の重なる領域にあるということになる。その定義は方法論と対象領域,いずれに重点を置くか,あるいは混合的に定義するかによって大別される。つまり精神医学的方法論によって社会病理的問題などを解明する(例えば犯罪精神医学,犯罪精神病理学やE. Frommeらネオフロイト派の社会心理学的研究),あるいは社会学的方法論によって精神医学的問題を探究し,問題の解決を図る(H.W. Dunham, Th. Rennie)と定義されている。また社会精神医学の本質的特徴の1つとして,種々の規模の集団の関係を重視することが挙げられる。この限りでは社会精神医学は個人の疾病を超えた,いわば「上医」的指向性を元来有しているものとも言える。歴史的には社会(精神)医学の中核的母胎は疫学や法医学であった。これらは古くは「国家医学」(Staatsmedizin)などとも言われていたと記憶するが,ともあれ法律や社会制度,行政的問題と社会(精神)医学とは古い絆で結ばれていた。さらに比較精神医学,異文化精神医学などは精神病理学的事象やその差異を種々の社会,文化的諸因子から解明するものであり,一国を超えた国際的規模を対象とするものである。国際的スケールをすでにして扱っている研究分野,方法論が精神医学には存在していると言ってよい。
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