巻頭言
退行の時代
近藤 毅
1
1琉球大学医学部精神病態医学
pp.1142-1143
発行日 2004年11月15日
Published Date 2004/11/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1405100577
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病棟にて「先生が初診でうつ病と診断した人,行動化が激しくてボーダーラインと見立てたほうが良いのでしょうか」と研修医に尋ねられ,「うーん,でも,話を聞いた限りではうつ病エピソードが繰り返されている印象だし,通常は適応が良いらしいよ」と答える。研修医は半信半疑の表情なので,「まぁ,気分障害の薬物治療をしっかり行いながら,当面はボーダーラインに準じた対応もしましょう」とアドバイスしながら何となく煙に巻いている気分になる。若年層の気分障害患者の入院後にはこのようなことがよく起こりうる。
リストカットや大量服薬などの行動化は,かつては衝動制御に難のある人格障害に特有の症状であったが,現在ではそのような行動化は患者のみならず一般層へも階層が拡大し(リスカ,ODの略語も今では広く浸透した感がある),手段として普遍化し,閾値も低下している。その意味性も多様化し,抱え切らない陰性感情の自己処理手段,叶わぬ依存欲求の代償的充足,解離現象の中での自己解放,はたまた,倒錯的ではあるが生存の自己確認のためであったりもする。確かに,若年層のうつ病において,境界性人格障害と見まがうばかりの行動化を伴う患者は年々増加している印象にある。彼らの特徴は,悩む(うつの状態を持ちこたえる)過程をすっ飛ばして行動する(嫌な気分を刹那的に処分する)ところにあり,ある意味,耐える前に与えられてきた世代ならではの特権であるかのごとく,うつに対して悩まない楽な適応をあっさりと自然に選択しているようにも見える。それも関係してか,寛解してからの精神療法の過程においてもさっぱり深まらないことも多い。
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