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はじめに
現在臨床使用されている薬物には心臓の刺激伝導系や固有心筋に直接または間接的に影響を及ぼし,心電図変化や多彩な不整脈を誘発するものが少なくない.不整脈を誘発する代表的な薬物として,I群抗不整脈薬やジギタリス,カテコラミン製剤,あるいは利尿薬などのいわゆる循環器薬剤が挙げられる.このほかにも,キサンチン誘導体,向精神薬,抗癌剤,全身麻酔薬,甲状腺ホルモン薬,副腎皮質ホルモン薬,子宮収縮薬,抗潰瘍薬,さらに最近ではエリスロマイシンなどのマクロライド系抗生物質あるいは抗アレルギー薬,抗ヒスタミン薬などが不整脈を誘発しやすい薬物として知られている.薬物による不整脈の発生機序は薬物自体の心筋に対する直接作用の結果として,自動能の亢進(カテコラミン製剤)や伝導抑制による興奮の旋回(I群抗不整脈薬)あるいは早期後脱分極(IA群およびIII群抗不整脈薬),または遅延後脱分極(ジギタリス)による激発活動(trig—gered activity)などが単独または複雑に組み合わさって不整脈を生じると考えられる.このなかでもキニジンに代表されるIA群抗不整脈薬によるQT延長とそれに伴う致死性不整脈である多形性心室頻拍,いわゆるtorsades de pointes(TdP:後述)は抗不整脈薬の催不整脈作用による最も重大な薬物誘起性不整脈である.また向精神薬,抗潰瘍薬,抗ヒスタミン薬,エリスロマイシンなどの非循環器薬剤もQT延長を来し,TdPを生じる抗不整脈薬類似の作用を有することが明らかになっている.
これに対し薬物の心毒性による心筋の線維化や心機能低下による心不全により,二次的な不整脈を生じることがある.気管支喘息などの治療薬として古くから用いられてきたキサンチン誘導体は血漿中のカテコラミン濃度を上昇させ,さらにphosphodiesterase阻害薬として作用するため,心筋内のcyclic AMPを増加させることにより細胞内カルシウムの蓄積を生じ,異所性自動能を亢進させる.また,抗癌剤はその心毒性により心筋の線維化を生じ,心筋症類似の病態を呈して不整脈を生じることがある.このほかにも全身麻酔薬は心機能抑制と内因性カテコラミンに対する感受性の亢進を来し,不整脈を生じるとされている.甲状腺ホルモンの過剰投与は洞頻脈と心筋細胞の不応期の短縮などカテコラミン類似の作用により,また子宮収縮薬(麦角アルカロイド)は冠攣縮を惹起してそれぞれ不整脈を誘発する.副腎皮質ホルモンは利尿薬と同様,長期投与により低カリウム血漿を生じやすく不整脈を誘発することがある.このように抗不整脈薬以外にも多くの薬物により多彩な不整脈が誘発されるが,心機能低下を背景とした不整脈の発生は重大な事態を生じることが多い.一方,前述のQT延長に基づくTdPの発現は,TdP自体が心室細動に準ずる致死性不整脈であること,TdPの多くが薬物による二次性QT延長に基づいて発症すること,さらに基礎心疾患のない心機能正常者にも生じ得るため,その臨床的意義は極めて大きいと考えられる.
以上より本稿では種々の薬物誘起性不整脈のうち,QT延長とTdPについて述べる.
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