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心不全の治療に対する考え方が,最近大きく変わりつつある.心不全は,「心機能低下により,全身の組織代謝に必要な血液量を駆出できない状態,あるいは,それが心室充満圧の上昇によってのみ可能な状態」とされる(Heart Disease.4thed.by E.Braunwald).その定義からもわかるように,心不全は心臓のポンプ失調によって起こる病態とされ,したがって治療も血行力学的な異常の是正に主眼が置かれてきた.しかし,1970年代から開発が始まった新しい強心薬の大部分は,心不全による自他覚症状の急性改善効果をもたらすものの,長期連用時の延命効果を示さなかった.1980年代になると,心機能が低下しているのは,残存心筋細胞が少ないためであるから,やせ馬にむちを打つように収縮力を高めようとするよりは,むしろ心臓の負担を減らした方がよいという考え方が出てきた.静脈還流による前負荷や末梢血管抵抗による後負荷を減ずるために血管拡張薬が用いられ,急性期の血行動態に好結果をもたらした.しかし,心不全治療が進歩したと思われるにもかかわらず,慢性心不全患者の予後は一向に改善されなかった.一方,β遮断薬が拡張型心筋症の予後改善に有効であるとのWaagsteinらの報告は私たちを驚かせた.陰性変力作用を持つ薬剤の心不全への投与などは全く思いもつかないことであったからである.また,VHeFT-IにはじまるCONSENSUS,VHeFT-II,SOLVDなどの大規模臨床試験においてACE阻害薬が予後延長効果を有することが示された.
これらの時期は,心臓の基礎研究に生化学的,分子細胞生物学的な手法が積極的に導入され始めた時期でもある.心不全では交感神経系,レニン-アンジオテンシン系などが活性化されている.ところが不全心はこれら神経体液性因子の刺激に応答できないほどに障害されている.それは,心筋細胞膜におけるβ1受容体数の減少,抑制性のGタンパク質(Gi)の増加,レセプター・アデニリルサイクレースのカップリング効率の低下などが生じているためであることもわかってきた.また,カテコラミンやアンジオテンシンIIなどの過剰な刺激は細胞内のカルシウムイオン濃度を高め,ひいては過負荷により心筋細胞を障害する.加えて,アンジオテンシンIIは心筋細胞を肥大させるとともに,コラーゲンの生成により心筋の線維化をうながし,心室リモデリングを引き起こす.心不全は心臓のポンプ失調ではなく,全身の神経体液性疾患であると言われるようになった所以でもある.そうだとすると,過剰な神経体液性因子を抑制し,刺激から心臓を保護する薬剤が好結果をもたらすこともうなずける.
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