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使い古された言葉であるが,最近,とみにこの構造と機能という言葉の重要性が感じられる.近年の生物科学の分野の発展は著しく,とくに,分子生物学の発達は免疫化学とともに驚異的であり,きたる21世紀前半には人類の遺伝子構造の全てが解明されてしまいそうな勢いである.呼吸器や循環器の研究領域においてもこの傾向はまさに然りであり,特定の蛋白質をコードする単なるDNA塩基配列の解明に留まらず,臓器の発生過程における細胞の分化誘導,細胞機能の調節,受容体の構造と生合成などの生理学的機構の解明に加え,病的状態における諸反応,たとえば気管支喘息における各種のサイトカインやその受容体の相互作用と気管支平滑筋のスパズム,圧負荷やストレッチに対する心筋細胞の肥大,虚血における心筋壊死発生の機序などの分子レベルにおける分析がなされている.まさに,現代は,遺伝子やDNAに関連する研究でなくては基礎的研究にならないのではないかと思われるような感がある.一方では,形態学的研究は,あたかもやり尽くされたように下火になっており,電子顕微鏡などの高度の技術を駆使した研究でさえも,研究者や研究論文の数が減少している傾向にある.例えば,病理学的に変性,壊死に対する反応として組織における再生反応と結合組織の増生が起こるが,組織細胞や結合組織の病理学的増加所見には触れず,細胞増殖因子やコラーゲンのmessenger—RNAの増加を検出して,それでもって病態に対する反応があったような研究発表がなされる.そのようなものは,高額な費用がかかる分子生物学的,生物科学的な手段を用いるまでもなく,病理組織学的に観察すれば簡単にわかるものである.
生物個体,あるいは細胞1個をとってみても,基本的には,形態的に固有の形をもって空間を占めている.空間に限局した構造をもって拡散しないのが生物の本質であり,決して溶液あるいは懸濁液の状態で生存しているのではない.病的な状態に陥った時には,機能的障害に加えて,それなりの形態的な変化を伴い,また,正常に復元しようとする反応を伴うのである.それはすべての自然科学者,生命科学者にとってごく当たり前のことと誰もが自覚しながらも,形態学的,構造学的な異常は重きをおかれずに,遺伝子レベルの研究におけるデータのみで発表されるのである.これらは,形態学的裏付けなしには説得力が極めて薄くなるであろう.
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