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どの医学の分野でも同じと思うが,分子生物学を背景とした学問の急速な進歩は疾患に対する基礎研究,診断,治療のみならず疾患自体の概念を変えることもある.私が卒業した1980年代は小細胞がんでやっと放射線同時併用化学療法の効果が期待され始めた時代であり,難治性がんの代表である非小細胞がんに対しては絶望的な治療が展開されていた.有効な薬と言えばシスプラチンのみであり,しかもその効果は数カ月生存期間を延長するだけで,患者さんは激しい消化器症状と戦いながら,1年以内に約80%の方が亡くなられるという極めて悲惨な状況が続いていた.したがって,その治療は専門医の間でも受け入れがたき治療(unacceptable treatment option)と言われていた時代である.その後,多くの抗がん剤や優れた制吐薬が開発され,術後の化学療法,局所進行非小細胞がんの放射線療法に併用する化学療法は明らかに治癒率を向上させたが,50%以上を占める遠隔転移を伴うⅣ期症例に対するその効果は生存期間を数カ月延長するにとどまり,その治療の進歩する速度はカタツムリの歩みに例えられるという屈辱に甘んじていた.
2002年にゲフィチニブに代表される上皮成長因子受容体(epidermal growth factor receptor;EGFR)チロシンリン酸化酵素阻害薬(tyrosine kinase inhibitor;TKI)が登場し,一部の非小細胞がんの治療は一変する.ゲフィチニブは腫瘍に発現するEGFRを介して細胞の増殖を抑制させることを期待して英国アストラゼネカ社で開発されていたが,前臨床試験の結果からは到底想像できない劇的な腫瘍縮小効果がわが国で見出された.その効果は扁平上皮がんと比較してEGFR発現の低い腺がんで多く認められ,一時期その機序は謎とされていた.さらに有効例は非〜軽喫煙者,女性,アジアの患者に多いという通常の肺がんとは異なる臨床背景を有していた.
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