Japanese
English
- 有料閲覧
- Abstract 文献概要
- 1ページ目 Look Inside
Ⅰ.拍動運動
最近輸入,国産をとわず無切断血管について連続的な拍動血流の計測に適した装置が本那においても普及しはじめた。この手技の登場によって従来の血圧一辺倒であった血行力学の研究にますます真実味が加わり,新しい血行力学諸因子の検討がはじまっている。このさいに従来の見方と最も異なっている点は,ただ分時平均血流量,分時拍出量を求め,また拍動血圧から平均血圧を求めて,それから静的なまたは直流的な抵抗や仕事量を算出して血行動態の判定規準とする時代は今や過去のものとなりつつあることである。心臓および血管系はなぜ拍動しているのかという疑問に対する解答がついに従来の諸手段では説明でぎず,すなわち実体から程遠い所からかすんだ望遠鏡でながめるのにこれまでは満足せざるをえなかったわけである。具体例を示すと,顕微鏡下に毛細管血流を観察していると,赤血球が自分より内径の小さい毛細管を栓塞してその部分の血流が杜絶するのをよくみるが,しばらくするとはじかれるように赤血球はその中を通過して再び血流が再開する。このような機転は血流拍動があるためにはじめて発生する現象で,steadyflowでは栓塞状態と血流杜絶が持続し,血行障害を生ずるのみである。このような細小血管床にまで拍動運動を与えるために心臓が行なう仕事のうち,多大のエネルギーが心臓と毛細管の間に介在する動脈壁の拍動運動によって消費吸収されてしまう。配水管や下水管系の設計を考えるさいに拍動液流は一種の禁忌であるのに比べると,はなはだ無駄なエネルギーの消費ともみえるが,拍動流がなければ下水管のように沈澱物が滞積し,ついには狭窄閉塞を生ずることになる。ある質量mを有する物体が速度vで運動する場合には,速度が変化するときには必ず加速度と減速度および磨擦抵抗を考慮せねばならない。血流もその例からもれず,1心拍の中に血流速度が変化するので,拍動流の分析には血液が質量をもつ以上慣性運動を無視することは不可能であると同時に,血管内壁面との間に磨擦抵抗が存在する。さらに血管壁は粘弾性物質であるため,血流にともなう断面積方向へのspring運動を考慮する必要がある。この血管弾力性の表示法として容積弾性率(volume elasticity)とcom—plianceがある。
またはvolume elasticity bulk modulus=⊿P/-⊿V/V0
compliance=⊿V/⊿P
ただし原容積V0の物体をΔVだけ圧縮(負記号)したとぎ内部圧がΔPだけ上昇(正記号)するという定義である1)。すなわちvolume elasticity=V0/-complianceであって,一般にvolume elasticityよりもずっとcomplianceが愛用される理由は原容積V0(変形前の容積)を測定しなくてもよいからである。ここで強調したいことは,血圧,血流の量が研究費次第では同一個所で同時測定が可能にはなったが,心血管系のdimensionや容積の計測がともなわない現状ではまだ片手落ちと言わざるをえない。真の仕事量やエネルギー消費などの複雑な血行力学因子を求める次の階段には上述dimensi—on計測法の手技を確立せねばならない。この面で左心室や動脈管はまだ可能性もみえるが,右心室や心房,静脈系に対してはまったくの暗闇である。
Copyright © 1968, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.