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心不全という言葉からどういう病態,患者さんをイメージされるであろうか? 多くの方がイメージされるのは,冠動脈のあちこちに狭窄・閉塞があり,左室が大きく拡張してしまった虚血性心筋症,あるいは若年の拡張型心筋症の患者さんまたは左室のイメージだろうことは想像に難くない.私も同様である.おそらくは,左室内腔サイズや収縮が正常な心臓をイメージされる先生は皆無に近いのではないだろうか.では,あらゆる心不全患者の左室が大きく拡大していており,動きが悪いかというと決してそうではない.現実には慢性心不全の50%は,左室拡大がなく駆出率が正常~軽度しか低下していない心不全なのである.このような心不全を拡張不全と呼ぶことは,循環器内科医の多くの先生方はご存知であろう.日本循環器学会をはじめとした多くの循環器系の学会のシンポジウムや教育講演などでこの拡張不全が取り上げられるようになって久しい.
私は,大学卒業以来,左室拡張機能を研究の大きな柱にしていたこともあり,この拡張不全に注目して臨床および実験的研究を始めて既に20年近くなる.研究を始めた当初,部内の会で発表すると,「拡張不全なんてあるはずがない」,「私はそんな心不全見たこともない」というようなコメントを頂戴し,議論にもならない日々が延々と続いた.ヒトであるはずもない病態について研究したり議論したりしても無駄だということなのである.そのうちに,主に疫学的なデータを中心とした欧米の発表が続くと,偉い先生方の意見も少し柔軟になる.私は見たことはないが,どうも欧米ではそういう患者は結構いるらしいので,拡張不全も研究テーマとしてはいいのではないか,という感じである.ということで,無事実験的研究を本格的に始めることができるようになった.しかし,一難去ってまた一難である.データが出たら出たで,次はなかなか論文が採択されない.拡張不全を扱った論文というだけで門前払いなのである.私たちは高血圧ラットを用いて拡張不全モデルを作成したが,こうすれば拡張不全モデルができるという論文を投稿してから印刷されるまで苦節5年ほどかかった.その後,そのモデルを使った研究もなかなか認知されず,「左室収縮能が低下していない心不全モデルでの検討はナンセンスだ」というようなコメントを何度もらったか知れない.
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