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閉塞性末梢動脈疾患(閉塞性動脈硬化症・バージャー病)の患者は,間欠性跛行・安静時疼痛・皮膚潰瘍・壊死などの症状を呈し,quality of life(QOL)が低下するだけでなく,重症虚血肢では切断に至る場合も多い.治療法としては,生活習慣の改善勧告,運動療法,薬物療法,カテーテルによる血管拡張術やバイパス術などの血行再建術が行われてきたが,動脈硬化病変が重症であり,また病変が末梢にあるなどのために,これら従来の治療法が無効あるいは不可能な症例も少なくない.このような薬物療法を含め有効な治療法のない重症虚血肢に対する新たな治療法の開発が求められてきた.
このような症例に対して最近,虚血周辺の比較的健常な組織からの血管新生や側副血行の発達を人為的に促進し,虚血組織の修復・壊死を軽減させようとする試みがなされている.これらの一連の戦略は治療的血管新生(therapeutic angiogenesis)と呼ばれ組織の虚血を改善するのみならず,機能を回復させる観点からも大変重要である.一方,血管新生の促進は,腫瘍の増殖や転移巣の拡大,また増殖性糖尿病性網膜症,関節リウマチの骨膜炎などに対しては病的に働く.これらの病的な血管新生と,虚血臓器にみられるような半ば生理的な血管新生の病態が同じものであるのか,あるいは異なった機序で起こるのかは完全には明らかにされていない.
血管生物学の進歩に伴い,血管新生の過程は様々な液性・細胞性因子によって密接にコントロールされていることが明らかとなってきた.血管を構成する2つの主要な細胞として,血管内皮細胞と血管平滑筋細胞があり,各々の細胞に対して生体の中では正の因子と負の因子の巧妙な作用バランスによって恒常性が保たれている.現在,心血管領域においては,正の因子に注目し,血管新生に働く遺伝子や蛋白質[VEGF(vascular endothelial growth factor),bFGF(basic fibroblast growth factor),HGF(hepatocyte growth factor),HIF-1(hypoxia inducible factor-1)]を利用した基礎的・臨床的研究が急速に進んでいる1~5).
一方,成人における血管新生(neovascurarization)には,既存の分化した血管内皮細胞の発芽的増殖と遊走によるもの(狭義のangiogenesis)以外にも,成人の末梢血中を流れる内皮細胞に分化しうる血管内皮前駆細胞取り込みによる血管新生(血管発生:vasculogenesis)の2つの機序が存在することが明らかになってきた(図1).1997年,Asaharaらは成人末梢血中のCD34陽性細胞の分画から内皮細胞へと分化しうる細胞が得られることを報告した6).さらに成人においては,この血管内皮前駆細胞が骨髄細胞に由来することを骨髄移植モデルマウスを用いた実験で明らかにした.実際,ヒトにおいても,Gunsiliusらは骨髄移植を受けた患者の末梢血を内皮細胞培養条件下で培養したところ,ドナー由来の内皮細胞が出現することを確認している7).さらにLinらは,男性から女性に骨髄移植を行った患者において,末梢血単核球培養後に出現する内皮細胞の性染色体のgenotypeを検討し,培養1カ月頃より出現する内皮細胞(outgrowth endothelial cells:OEC)はほとんどドナー由来であることを報告している8).以上のような背景から,われわれは骨髄細胞や末梢血中に流れる幹細胞(血管内皮前駆細胞)を取り出し,それらを虚血部位に移植することによって血管再生を促すことが可能であると考えた(図2).まずわれわれは,ウサギの片側下肢虚血モデルを作成し,手術1週間後に自己骨髄由来単核球細胞を移植したところ,虚血下肢の血管新生が増強され虚血が改善されることを明らかにした9).移植した細胞は,それ自体が血管内皮細胞になり血管形成に参加する以外に,paracrine的に血管新生促進因子(VEGF,bFGF,angiopoietinなど)を放出し,局所の血管新生を刺激することにより血管新生が促進されることが推測された.同様に,末梢血の一種類である臍帯血をヌードラットの下肢虚血モデルに移植すると血管新生を促進することも明らかにしている10).
以上の実験的根拠に基づいて,われわれは倫理委員会申請・承認を得たのち,従来の治療法では下肢切断回避困難な末梢性血管疾患(慢性閉塞性動脈硬化症・バージャー病)患者に対して,自己骨髄細胞の虚血骨格筋内移植術を施行した.結果は,45名中30名で自覚症状の改善・有意な血管新生・歩行距離の増加などを認めた11).その後,われわれのみならず多くの施設においても,自己骨髄単核球細胞あるいは血管内皮前駆細胞を多く含むと考えられているCD34陽性細胞を下肢虚血領域に移植し虚血が改善することが報告されている.末梢動脈疾患を治療する血管新生療法が,従来行われてきたバイパス手術や血管形成術では治療困難な症例に対する21世紀の新しい治療法として期待が膨らんでいる.
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