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はじめに
消化管に限局性の肉芽組織ことに好酸球性肉芽腫または腸蜂窩炎の形であらわれる疾患群の文献的記載は古く,これらのカテゴリーにはいわゆるクローン氏病(Crohn' disease)や終末回腸炎(Ileitis terminalis)の如き非特異性腸炎やアレルギー性腸炎のある種のものもふくまれて議論されている.同時にまたしばしばこの様な病巣部にはある種の寄生虫(殊に蛔虫など線虫類)の組織内迷入が病理組織学的にも証明されたとする報告例は必ずしもすくなくない.然るに近年上述の腸管壁のみならず,胃壁においても同様の高度な好酸球浸潤を特徴とする限局性肉芽腫例が次々と報告され,Venek(1949)はGastric granuloma with eosinophilic infiltrationと呼称しその成因をアレルギーに求め,我が国においてもこの様な症例報告が次々になされている.ところが最近この課題は新しい観点から1つの解決が与えられつつある.それは胃および腸管壁に見られる好酸球性肉芽腫を原因するものの1つとしてある特定の種の寄生虫の穿入(または迷入)が関与するものであろうことが明らかにされて来た.その主たるものは人消化管に見られる新しい疾患,アニサキス症(anisakiasis)である.その本態はアニサキス(Anisakis)と呼称される海産哺乳動物(クジラ,イルカ,アザラシなど)の胃に頭部を穿入して寄生する蛔虫の幼虫期のものが,ある種の海産魚類を介して(中間寄主?)―それらは日頃私共が食用に供するサバ,アジ,ニシン,タラ,カツオ,イカなど―人体内に侵入し胃や腸壁に穿入して起病性を発現することが知られて来た.これらの多くは胃腸壁粘膜下組織の著るしい浮腫と好酸球浸潤(蜂窩織炎または膿瘍)を組織学的特徴とし,かつその病巣部に本種幼虫の断面が認められている.これをアニサキス様幼虫(Anisakis-like larva)といい,それに起因する疾患をアニサキス幼虫移行症(human larval anisakiasis)と呼称している.特にアニサキス様(Anisakis-like or Anisakis-type)とことわったのは上述の海産魚類に寄生する幼線虫の寄生虫学的仔細(形態,分類,発育史など)が未だ詳しくは明かにされておらず近縁の種の多い点から人体への起病体としていかなる種が最も重要であるかなどについては今後の研究にまたねばならないからである.ともあれ本課題は寄生虫学の分野のみならず臨床殊に消化器疾患の鑑別診断に際して重要な新しい疾患として内外の注目をひくに至っていることは見逃しえない.本課題についての歴史的背景や我が国における症例の総括的な解説あるいは文献的考証についてはすでに大鶴正満教授ら(1965)および筆者ら(1966)の報告があるのでここでは重複をさけることにしこれらを御参考願いたい.
本稿では表題にかかげたその主たる起病体がアニサキス様幼虫であることは勿論であるが,さらに加えてここ数年間において筆者の経験したアニサキス様幼虫以外の寄生虫迷入による人消化管の好酸球性肉芽腫症例を紹介し,かかる臨床例の病理学的ならびに寄生虫学的診断に際しでその手がかりとなりうる資料を参考まで提供したい.最近人畜共通の寄生虫すなわちこれまで家畜に寄生する各種のもの(ことに幼虫期のもの)が人体内に侵入した場合種々なる病害を発現し時にその寄生部位(眼球,脳,肝,肺,心など)により重篤な臨症症状を原因することが知られ“Zoonosis”と呼称される新しい概念の理解が寄生虫学の大きな命題となっており,ここにとりあげた消化管の炎症性腫瘍の原因体についても,将来さらにつけ加えられるものがあるかもしれない.臨床医の方々の協力をえて検討し,今後注意していきたい.早速本論に入ることにする.
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