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はじめに
胃上部,ことに胃の噴門より上方の部分は従来,著者によっていろいろの名称が与えられている.すなわち,胃穹窿(弓隆)部,円蓋部,胃泡部,胃底部などの命名も行なわれているが,わが国のレントゲン学会命名では“胃噴門部”との名称が採用されているものの,今日でも統一されて用いられていない現状である.一応,本文ではこれを用いることとする.
最近の日本の胃X線診断学はX線,内視鏡,細胞診,胃生検の急速な発展普及とともに大いに進歩し,余すところがないようにも見えるが,胃噴門部に関しては未だ充分に解明できたとは言えない.その理由を要約すれば臨床的には,この部はX線検査,内視鏡検査が困難で,触診さえ不可能であるからである.したがって,噴門部病変に関する業績も,内外を問わず,胃のこれ以外の部分に比して乏しいことは否定できない事実である.胃噴門部についてのモノグラフとして筆者の知るところではT.Schopsが1961年に出版したLa Grosse Tubérosité de L'Estomac Normale et Pathologique, Etude Clinique et Radiologique(正常および病的胃噴門部,臨床的らびにX線学的研究)が唯一のもので,その後もこのテーマのみを扱かった著書を見ない.著者も日常の胃X線診断に際して噴門部について苦心しているものとして,本書はまことに参考となり座右に欠かせないものであるが,残念ながら原著が仏文のみで記され,入手も比較的困難であるため,わが国では一部の専門家の眼にふれたに過ぎないように思われる.ここに,求めに応じて本書の概略を紹介し,いささか論評することに多少の意義を感ずるので敢えて筆をとった次第である.
本書の著者T. Schopsはわが国によく知られたR. A. Gutmannの門下で,内科医として消化器を専攻している.本書には噴門部病変のいろいろな症例102例を集大成したもので,それぞれのX線写真とスケッチを主とした475枚の附図を掲げている.これらのX線写真の大部分はパリのSaint-Antoine病院放射線科でP. Porcherの下で撮影されたものである.本文は543頁で,巻末に1961年までに発表された噴門部に関する欧米の主要文献413篇を列挙している.全体を十三章に分け,以下順に記すと,噴門部の解剖,X線解剖,噴門部潰瘍,噴門部憩室,噴門部癌,噴門部肉腫,良性腫瘍,噴門部静脈瘤噴門部胃炎,肝左葉欠損による胃泡の変位,裂口ヘルニアと噴門部の変位,左横隔膜ヘルニア,瀑状胃を扱っている.これらの中,最も多くの紙数をさいているのが噴門部癌で177頁,次いで噴門部潰瘍89頁に見られるようにこの部の癌について重点をおいていることが窺われる.記載はもちろん,表題のごとく上記各病変について多くの症例をあげながら,臨床,診断,経過,病理解剖治療について各章に要領よく小括している.この大著の全体を紹介し論評することは限られた紙数では不可能なので,以下にT. Schopsに独得な噴門部に関する記載と,最も重視されている胃噴門癌と潰瘍についてのみ,一部を紹介し,論評することとする.
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