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月日の経つのは早いもの,私が内視鏡検査を始めて,もう十数年たった.Wolf-Schindlerの古びた胃鏡を手にとり,接眼部に眼をあててSchindlerのGastroscopyの頁の一部をのぞきみしたのが,今でもつい先日のことのような気がする.先代の故川井銀之助教授がドイツに留学してもち帰られた品物である.先生の言によれば,滞独中彼の地でやった時には胃内観察がよくできたが,帰朝後教室でやると,余り調子が出ず,多忙にまぎれて断念し,そのまま教授室の一隅にお蔵にされた状態であった.当時かけだしの臨床医であった私をして内視鏡検査に心動かせた出来事は,忘れもしない若年者胃癌の苦い経験であった.軽い上腹部痛と,3日に1回の弛張性高熱を発し,軽度の脾腫を伴った患者で,胃X線検査は前後3回にわたり施行されたが(当時,私共の教室ではX線検査は全て放射線科に依頼するシステムであったので,自分の手で行なうわけには行かなかった)潰瘍あるいは癌性変化は発見されず,原虫が証明されないために疑問を残しつつもマラリアの既往と脾腫およびカルテの上の定型的な熱型にひかれてアテブリン,キニーネ療法を行ない一旦解熱してほっとした.しかし症状の好転も束の間で,再び発熱し結果的には死の転帰をとったが,剖検によって胃体部前壁の穿通性潰瘍からの癌化を思わせる病巣があり,一部が胃周囲膿瘍を作っていた患者であった.生前に胃内をのぞくことができ,病巣が発見できていたら,たとい死はまぬがれなかったかもしれないが大きな誤診・誤療はさけ得たであろうし,なによりも確診を得られぬままに自分の臨床医としての無力さを感じつつ,数週にわたり毎日毎日病室へ足をはこぶみじめさだけは味わわなくてすんだであろうと思えてならなかった.
そこで,かびが生えてくもってしか見えないWolf-Schindlerの胃鏡を用いてSchindler,GutzeitのGastroskopieの著書を手がかりに,四苦八苦しながら胃鏡を始める次第となったが,胃外でみてもぼんやりとかすんでしか見えない胃鏡では,胃内がみえるわけがなかった.そこで,レンズ系を少なくした硬式胃鏡を試作し,次いでモノクロームでの胃内撮影を試みた.現在の胃カメラあるいはファイバースコープで撮影したフィルムからみればとても胃内の写真といえる代物ではなかったが,始めて胃角がぼんやりと撮れた時の喜びは今でも忘れることができない.しかし,当時の技術の未熟さも手伝って,金属性の硬式胃鏡あるいはflexibleとはいってもわずかしか曲がらない胃鏡では挿入の操作そのものが大問題であって,患者の体位と首の保持が正しくなければ胃鏡は入るものではなく,途中で中止することも再三であった.
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