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私の考えを申し上げると,第1図に模式的に示すように,まず胃粘膜に癌ができて,それが2次的に潰瘍化してくることもあるだろうし,また実際に潰瘍が慢性化し,あるいは瘢痕化し,その辺縁に癌ができてくることもあろうと思う.潰瘍といわれるものの自然史は動的であって,実際臨床家が観察するのはその自然史のどこかを見ているのではないかと思う.最近村上教授は胃潰瘍の良性サイクル,悪性サイクルということを言っているが,私どもの経験でもこれは実在するものであって,癌と潰瘍の合併の場合に非常に重要だと思う.このサイクルは,人工衛星が打ち上げられたのちに軌道にのって,サイクルを廻るのと同じではないかと思われるが,その自然史の発端は,現在の病理形態学的水準では,的確につかむことはできない,というのが私の述べたいところである.実際に私どもが組織学的に見ているのも,この悪性サイクルという軌道に乗ってから後のある時期の一断面に過ぎないということを指摘したい.そういう考えの根拠になった症例を見ていただきたいと思うが,これらは九州大学の岡部助教授のグループの集められた材料である.第1例(附図1,2)は38年5月9日から41年10月3日まで,内視鏡的に観察された症例で,早期癌の部に潰瘍ができてこれが一旦小さくなって,また大きくなったもので,つまり,癌病巣の潰瘍が消長動揺しているという例である.次は別の症例で,癌病巣に附図3のような潰瘍があり,その潰瘍がのちに縮少(附図4)した例である.次の症例(附図5,6,7)も癌巣の潰瘍が観察中に小さくなった例である.このような動揺をレントゲンで観察した症例もある.たとえば,次の症例ではⅡc型癌の中の潰瘍が経過中に小さくなった(図省略).岡部助教授が長期観察をされたのは50例,あるいはそれ以上あるが,そのうちで潰瘍ができて大きくなったり小さくなったりの動揺を示したものが16例ある.その中をわけて,大体潰瘍が最後には大きくなった時期に切除されて組織学的検索に廻された群と,潰瘍が小さくなった時期に検索された群,それから小さくなったり大きくなったりしたけれども,経過が簡単でなかった群との3群とすることができる.これらの各例はX線,内視鏡で大体1カ月から4年の間かかって観察されている,このほか潰瘍の消長を示さなかった例もある.そこで大きくなった時に手術をされた例を見ると(第2図),組織学的に明らかに開放性潰瘍がある.そして,その辺縁に再生粘膜の像が見られない.慢性化した潰瘍の新鮮再発の所見であって,癌は辺縁に局在して見られる.次は2番目の潰瘍が縮小した時に手術されて調べた例で,一部に開放性潰瘍は残っている(第3図)が,その他の部には再生粘膜があって,そこに癌がある.次の症例は1カ月の間に潰瘍が小さくなった例であるが再生粘膜でおおわれている(図省略).これはちょうど村上教授の聖域型で,Ul-Ⅱである.要するに癌に消化性潰瘍が起って,治癒傾向と再発のサイクルを画くことが稀でなく,その各期にあたるいろいろな像に出会うということを,これで見ていただきたい.それからまた同じく潰瘍縮小例であるが再生粘膜はできていないことがある(図省略).再生腺管はちょっと残っているけれども,大体肉芽組織といった方がよく,村上教授の地層型の一部に属するのではないかと思うが,要するに,二次的に癌に生じた消化性潰瘍の消長によって,いわゆる潰瘍癌のクライテリアを具えたいろいろな像が現われてくるということが言える.次は第3群といった中でいろいろの中間形,あるいは重なった型の例である.これはおもしろい例(第4図)で一番最初の内視鏡では癌の部に新しい潰瘍は明らかでなく,のちに潰瘍ができて,ついで潰瘍が小さくなっている.そして今度潰瘍ができた場所は前の所とは少し違うのではないかと思われる.この最後の時期にあたる手術標本の組織像は,新しく潰瘍ができたところは上述の例の開放性潰瘍と同じようなUl-IVができている.それからずっと以前に潰瘍があって治ったと思われるところは,上述した潰瘍縮小部と同じような粘膜の再生像が見られる.
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