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胃潰瘍の臨床にたずさわっているものはおそらく,ほとんどの人が,胃潰瘍の生態,自然史について幾多の疑問とともにつきない興味を抱くに至るであろう.今診断しえた胃潰瘍はこの患者さんにとって初めての新生潰瘍なのであろうか,あるいは既に何度目かの再発潰瘍なのか,この潰瘍の治癒は,その後の長期予後ははたしてどうであろうか,どうしたら再発なしに潰瘍症の離脱が可能であろうかなどと考えてゆくと,臨床できわめてありふれた本症でありながらなにか正体不明のままにがっちりと前にたちはだかった感じで何一つ明確な答が出ない.すなわち1例1例についてはその明確な長期予後は予測出来ぬが,しかしながら症例の経過について経験を重ねて来るに従い,何かそこに医師の力の及ばぬ自然の法則が胃潰瘍の経過を支配していることに気づいてくる.さてその法則とは何であろうか,この謎にみちた胃潰瘍はまず日本人の中にどれ程の頻度で発生しているものであろうか.治癒再発を繰り返すその実態はどのようなものであるのか,治癒速度,治癒率,再発率についてどの程度それを明らかにしうるであろうか,そしてその繰り返し胃潰瘍を出没せしめる胃潰瘍症といわれるものはどのように把握することが可能なのか.
このような疑問に対して,敢然として立ち向かい,この今までIE体不明のままに漠然と想定されていた胃潰瘍症について疫学的な面から一つの結論を出したのが本書である.ところでまた本書の他に類を見ない特徴は,その方法論である.従来から胃潰瘍に関する統計としては,死因統計,剖検統計,胃集検統計,臨床統計があり,その数は目本において決して少なくないが,これらがそのまま胃潰瘍の疫学的実態を示すものでないことは言うまでもないこととして,それらの示す数字は各論文にてバラバラであり,時には相矛盾することさえあるためにむしろ絶対値としてよりも比較的な数値にすぎぬとして従来うけとられていた.これに対し本書の著者は剖検統計がまずもっとも信頼しうる資料であるという論理的結論のもとに本邦における剖検統計を古くは明治時代のものからあますところなく集め,それを経時代的に整理し,それぞれの目的に応じた論理的な取捨選択を行い日本人の胃潰瘍有病率について見事な結論に達している.ついで胃集検統計から無症候性潰瘍の頻度をさぐり,更に従来の臨床諸統計から胃潰瘍の治癒率,再発率を検討している.そして最後には胃潰瘍症の疫学に及んで,むすんでいるが,その各章各項における筆のすすめ方は,まことにロジカルであり,読者を一つ一つ納得せしめながら結論に達してゆく.治癒率,再発率の項では,諸論文の数値が一見きわめてバラバラであるものを経時的に整理し,共に時間の函数であり,一定の函数曲線で治癒率,再発率が数学的に見事にとらえられることを示しているが,これはいわばコロンブスの卵的発見であり,読みながらまさに膝を叩くおもいであった.
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