天地人
難聴
柳
pp.757
発行日 1984年4月10日
Published Date 1984/4/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1402219014
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大蔵卿ばかり耳とき人はなし まことに蚊のまつ毛の落つるをも聞きつけ給ひつべうこそありしか--枕草子
年々母の耳の聴こえが悪くなる.年に何度か母に逢うたびに大声を張り上げるのは,ウサギ小屋に棲む身の隣近所への体裁も悪いし,第一イライラと気疲れもするので,耳鼻科の助教授に頼んで念入りに選んでもらった補聴器を,70歳の誕生日に母に贈った.数年前のことである.しかしそれ以来事態は改善されていない,どころかむしろ悪くなっている.補聴器は使われないのである.母が恐縮して言うことには,補聴器は人の声や会話よりも,無用の雑音の方をもっと大きく拡大してしまうので,アレを使うと頭痛がする,というのである.まこと生れながらの耳に劣らぬ補聴器があるとすれば,それはほとんど神に対する冒涜に近い.
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