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消化性潰瘍の外科的治療法としては,幽門側胃部分切除術(以下胃切除術と略す)が最も広く一般に用いられ,優れた成績を収めてきていることは衆知のごとくである.とくに,本邦においては,大井らにより,胃切除術の理論的基礎および実施上の切除範囲などが確立され,外科的治療を要する多くの潰瘍患者の治療に役立ってきた.一方,その頃,欧米,とくに米国においては,消化性潰瘍に対する胃切除術の死亡率,術後吻合部潰瘍の発生率,術後ダンピング症候群の発生率などの高いことを問題として,いわゆる迷走神経切除術(以下迷切術と略す)を中心とする種々の術式が盛んに検討されていた.もちろん,その背景には,日常の食生活の相違を含めた入種差や,胃切除術に限らず上腹部手術に伴う心・肺・血管疾患の合併率の高さなどの問題がある.またさらに,米国では,消化性潰瘍の中でも,明らかな胃分泌異常を伴う十二指腸潰瘍が多く,比較的早くから胃分泌生理学の研究が促され,その急速な進歩発展が外科手術術式にも大きな影響を与えてきたことも見逃せない.しかし,このような背景をうけて,主として,欧米で発達してきた迷切術を中心とする各種術式も未だ多くの問題を含んでおり,必ずしも統一された術式として確立されているわけではない.
近年,わが国でも,再び(というのは1950年代にすでに一度,迷切術が検討された時期はあったが,初期の迷切術そのものに問題があった点と,胃切除術の成績が極めて良好であったために,その後忘れさられていた)迷切術が検討されるようになってきた.その理由としては,胃切除術後に少数ながら発生する小胃症状やダンピング症候群などの問題もあろうが,少なくとも日本人にとって,現在までのところでは,先に述べたごとく,実地臨床上これらの理由のみによって,胃切除をやめて迷切術を導入する根拠は薄く,むしろ,筆者らの考え方としては,外科学一般にも通ずる基本理念として,なるべくなら切らずに,もし切らねばならないものであるなら,必要にして十分かつ最少限とし,でき得る限り生体本来の機能を温存しながら,原疾患を治療していくべきであろうという考え方から出発して,消化性潰瘍についても,果たして理論通りに迷切術にその可能性があるのかどうか,という観点からこれを検討・評価していきたいと考えているわけである.
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