- フリーアクセス
- 文献概要
- 1ページ目
ウイルス肝炎がひと山越えたところで,今,大きくクローズアップされ,注目を集めているのが,非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)である.従来,脂肪肝は特殊な脂肪肝を除いて良性の肝疾患と考えられており,体重減少を目標にダイエットと運動によって病態の改善をみると理解されてきた.一般的に言って医師側も患者側も脂肪肝と知った時点で,可逆性良性疾患であると受け取り,切実感に乏しかったのは事実である.脂肪性肝炎の存在は知っていても,極端な肥満や小腸バイパス例の少ないわが国では,仮に欧米の報告をみても対岸の火事として眺めていた感は否めない.アルコール性肝障害にみる脂肪肝から肝硬変に至る一連の病態については,文部省科研プロジェクトによって詳細に検討され,いまでは普遍的に認知されているが,その検討過程においてもNASHに思いを馳せることはなかった.それが最近になってNASHに対する関心が急激に高まり,ウイルス肝炎,アルコール性肝障害の研究に匹敵する重要課題となっている.それでは,なぜこれほどまでに関心が高まったのか.1980年LudwigによるNASHの提唱に端を発したことにまず間違いないと思うが,それにしても20年も経たことに疑問が残る.わが国でも相当数存在していたのを安易に見過ごしてきたのだろうか.そうだとすると,ウイルス肝炎,アルコール性肝障害の研究に携わってきた自分自身,自意識過剰かも知れないが,忸怩たる思いがする.ただかつて,内科学会の教育講演会において“脂肪肝”を担当した際にSyndrome X,内臓脂肪症候群などの概念との関連において脂肪肝の臨床を論じたことが,生活習慣病の立場からみてNASHの理解に少しは役立ったように思う.その折の検討において,インスリン抵抗性糖尿病,内臓脂肪型肥満の合併が高率であることを確認している.このような観点からすると,現今の糖尿病の増加,肥満者の増加に伴って脂肪肝の絶対数の増加があっても決して不思議な現象ではない.また,社会的背景と照らし合わせても脂肪肝の増加とNASHによせる関心の急激な高まりは矛盾するものではない.ただし,NASHの確診はあくまでも肝生検によるものであり,脂肪肝の診断にエコー検査が主力となっている現在,一考を要する点ではなかろうか.
さて,NASHに対してまだ関心の低かった時代から常に問題意識をもって脂肪肝をめぐる肝の病態を注意深く観察し続けた研究者がいる.その人こそ,本書の著者,伊藤 進 名誉教授である.千葉大学時代から肝臓学の専門家として高名であるが,特に肝疾患の病態解析と肝の組織変化について克明に検討され,知見を集積してこられた.今から30年前,1973年に著者は非アルコール性の糖尿病患者において脂肪肝と壊死病変から肝硬変へ進展した例を連続肝生検によって確認し,報告している.続いて,1979年にも同様に糖尿病に合併した肝硬変5例と,そのうちの2例は,脂肪肝ないし脂肪性肝炎からの硬変化であることを確認し,“nonalcoholic diabetic cirrhosis“として発表している.
Copyright © 2004, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.