連載 Festina lente
忍ぶれど色に出にけり
佐藤 裕史
1
1慶應義塾大学医学部クリニカルリサーチセンター
pp.903
発行日 2012年5月10日
Published Date 2012/5/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1402105962
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「色彩心理学に興味があるが,どう学んだらよいか」と尋ねてきた学生があった.手術室内の緊迫感の軽減のために術着やドレープが白から緑ないし青に全世界的に変わったという程度のことしか知らないし,言われてみれば色覚の生理はともかく,色の心理に関して医学はあまりこれといった定見を持たないのではないか.たまたま持っていた『日本の伝統色』『フランスの伝統色』(いずれもピエブックス刊)を紹介して,「境界領域を学ぶには境界の双方から挟み撃ち的に接近するのがよい」(これはWittgensteinの受け売り)と話してお茶を濁した.
医学は徹頭徹尾実学だから,生死や苦痛に直結しないことにまで関心を払う暇があまりない.しかしベルリン封鎖の頃ドイツで味覚研究に従事していた耳鼻科医から昔聞いた話では,英米的な実益重視路線とは異なってドイツは学問的体系性を何より重んじるので,味覚研究ではドイツが強いそうである(味覚異常は生命予後に直結しないが,舌の機能の一つであるのだから徹底的に探求すべし,ということ).色彩とそれにまつわる心理にしても,光覚そのものを失うことの圧倒的な不利益を考えれば,重症の視力障害とその心理的影響に対する研究のほうを優先するのは道理であるし,実際そうなってきただろう.
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