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はじめに—精神保健福祉法の改正
1.保護者制度の廃止
「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律の一部を改正する法律」(以下,「改正法」)が,2013年6月13日に国会で成立し,同19日に公布された.今回の改正により,以前より多くの問題点が指摘されていた保護者制度が廃止され,それに伴って,医療保護入院の要件が変更された.
保護者制度とは,精神障害者に必要な医療を受けさせ,財産上の利益を保護するなど,精神障害者の生活行動一般における保護の任に当たらせるために設置されたものである1).その淵源は,1900(明治33)年にできた「精神病者監護法」における私宅監置にある.すなわち,同法は,「精神病者を監置できるのは監護義務者だけで,病者を私宅,病院などに監置するには,監護義務者は医師の診断書を添え,警察署を経て地方長官に願い出て許可を得なくてはならない」と定め,戸主等の「監督義務者」は行政庁の許可を得て精神病者を監置することができるとしていた.それ以来,わが国の精神医療は,そのかなりの部分を家族に依存してきた.その後,「監護義務者」は,「保護義務者」へ,さらに「保護者」へと名称を変え,1950(昭和25)年に成立した「精神衛生法」の「保護義務者の同意による入院」(同意入院)は,この入院形式が強制入院であることを明らかにするために,1988年に「精神保健法」が成立したときに「医療保護入院」へと名称が変更された.しかし,わが国の精神医療の家族依存的性格に基本的な変更が加えられることはなかった.その後,1995年に,法律の名称が「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」(精神保健福祉法)に変更されてもそのことは変わらなかったのである2).
しかし,かねてより,この保護者制度については,以下のような問題点が指摘されていた.すなわち,①1人の保護者のみが法律上保護者に課せられた上記のようなさまざまな義務を行うことは,負担が多すぎる,②本人と家族の関係はさまざまである中で,保護者が必ずしも本人の利益の保護を行えるとは限らない,③医療保護入院に保護者の同意を要件とすることは,精神障害者本人と保護者との葛藤,軋轢が生じうる,④保護者制度創設時と比較して社会環境や家族関係が変化しており,現在の保護者の制度はそれに十分対応しているものではない,⑤保護者に課せられた義務規定は抽象的であり,法律の規定として具体的な意義は存在しない,⑥精神障害者が他害行為を行ったとき,保護者は民法714条1項の「法定監督義務者」として損害賠償義務を負わされることから,精神障害者の他害行為と損害賠償義務を恐れる保護者は,彼を医療保護入院させざるを得ず,このことが安易な強制入院につながり,地域精神医療への道を狭める結果になっている等々である.さらに,医療保護入院など,精神障害者に対する医療を,保護者のイニシアティブによって行うことは,精神障害者の自立と権利,社会経済活動への参加等を侵害しているのではないかとする批判も出されていたのである.また,精神医療の現場からも,社会的入院を解消し,地域精神医療を推進するためには,保護者制度の見直しが必要であると考えられていた.すなわち,2004年9月に出された,「入院医療中心から地域生活中心へ」を今後の精神保健の基本原則とする厚生労働省精神保健福祉対策本部「精神保健医療福祉の改革ビジョン」は,「各都道府県の平均残存率(1年未満群)を24%以下」,「各都道府県の退院率(1年以上群)を29%以上」という数値目標を設定し,病床数の削減,入院の抑制,退院の促進を推し進めるべきであるとしていた.このような状況において,家族を精神障害者の医療とケアのキーパーソンとする保護者制度は,社会が行うべき精神障害者の医療とケアを家族に押し付け,地域精神医療の実現を阻害するものであると考えられていたのである3).以上のようなことから,改正法は保護者制度を廃止したのであり,それは妥当であったように思われる.
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