教室めぐり・23 東京女子医科大学衛生学教室
「渾然一体の衛生公衆衛生学」を理念に
諸岡 妙子
pp.182
発行日 1971年3月15日
Published Date 1971/3/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1401204230
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沿革
東京女子医科大学衛生学教室は,初代教授として,創学故吉岡弥生学頭の嗣子吉岡博人現学長により1934年創設された.草創当時の河田町6番地の教室で手狭となって,やがて同町11番地の木造2階建の一棟に移り,拡充期に入る.そのうち戦局は拡大して,空襲頻々となり,1945年4月13日の東京空襲で,木教室も焼け落ちた.
1947年,付属病院向いの旧陸軍兵舎の内部に手を加えて,戦後の再建時代に入る.学頭亡きあと吉岡教授は暫く学長を兼任されたが,1968年,30有余年にわたった教授職を定年退職,名誉教授となられ,学長業務に専念されることとなって,教室主任を木校卒業以来の弟子である筆者にゆずられた.戦後の23年間たてこもった旧陸軍の建物とは1970年10月をもって訣別し,新築校舎へ移転した.
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