特集 明治百年と公衆衛生
学校保健百年史
重田 定正
1
1日出学園
pp.17-22
発行日 1968年1月15日
Published Date 1968/1/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1401203605
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はじめに
明治元年学習院および昌平学校が再興され,同2年には府県施政順序を定め,全国3万以上あったと推定される寺小屋を小学校とする着想を明らかにした。明治3年大学規則並中小学規則を公にし,大学には教科・法科・文科・理科・医科の専門分科を設けることになっていた。明治4年文部省が設置され,同5年学制が発布された。
明治8年文部省第1年報が天皇に呈進された。これには,「衛生ノ術ノ如キ未タ遽ニ其功ヲ奏スルヲ得ス……家戸皆学事ニ勉メ人身各健康ヲ保スルノ実績ヲ見ルニ至テハ臣意固ヨリ将ニ之ヲ徐々ニ期シテ匆々ニ望ム可ラストス」と記されてある。これは,文部行政において健康が当初から関心事の一つであったことを示している。
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