人とことば
人間とは何か—それを知ることが実際上急務であるわけ
アレキシス・カレル
pp.533
発行日 1966年10月15日
Published Date 1966/10/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1401203348
- 有料閲覧
- 文献概要
物質の科学は生物の科学がまだ幼稚な状態にあるのに,大きな進歩をした。生物学が遅れたのはわれわれの祖先の生活条件や,生命というものの複雑さによるので,また機械のような組立や,数学のような抽象を好むわれわれの精神のためでもあった。科学的ないろいろな発見が採用されたために,われわれの世界は物質的にも,精神的にも変わってしまった。その変化がまたわれわれに非常に深い影響を及ぼしている。それがはなはだ悲しむべき結果を招いたわけは,元来人間を考えに入れずになされたからである。人間が人間を知らないために,力学や,物理学や,化学に人間の伝統的な古い生活様式を好き気ままに改造する権限を与えてしまったからである。
人間はすべてのものの尺度であるべきだった。しかるに人間は今自分が作った世界では全くの異国人である,人間が真に自分を知らなかったために,この世界を人間自身のために向くように建築することができなかったのである。あらゆる物質の科学が生物の科学をぐっと追抜いて発達したことは,まことに人間の歴史の最も悲惨な出来事の1つである。人間を知らない人間の頭で作り出したこの世界は,人間の体力にも精神にも適しないものであった。これは全くいけない。こんな世界ではわれわれは非常に不幸せである。道徳的にも精神的にも退化する一方である。工業文明が最も発達した国家や社会が必ず定って先ず衰えていくではないか!そして野蛮状態に戻るのも彼らが真先きである!
Copyright © 1966, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.