原著
砒素混入醤油中毒事件の疫学的觀察—特に醤油中毒と断定するまでの経過に就て
野瀬 善勝
1,2
1山口県立医科大学公衆衛生学
2山口県宇部保健所
pp.29-43
発行日 1957年3月15日
Published Date 1957/3/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1401201796
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I.緒言
昭和30年12月下旬から昭和31年1月中旬にかけて,宇部市並にその周辺に発生した約400名の顔面浮腫と食思不振を主徴とする原因不明の感冒様疾患は,意外にも砒素の混入せる醤油の集団中毒であつた。今回は本事件認知以来1週間を出でずして原因も判明し,患者も漸次恢復し,1名の死亡者も出さずして解決し得た事は不幸中の幸であつた。然し乍ら,森永粉乳事件1)2)に相次いで起つた砒素中毒事件であり,日本人の食生活上欠く事のできない醤油,而もこれまで衛生的に比較的安全な食品と見做されていた醤油の中に砒素が混入していただけに社会に大きな衝動を与え,新な食品衛生上の問題を惹起するに至つた。蓋し,自然界に於ける砒素の存在と食品衛生法の盲点と相俟つて,将来と雖も類似の事件が発生するかも知れないと云う社会的不安があるからである。
私は,宇部保健所長として,或は臨時防疫対策本部長として,本事件の当初よりこれが原因の究明と対策に関与した。而して,本中毒事件の臨床的観察は水田教授3)等によつて詳細な報告がなされているので,本篇では重複を避けて,特に本事件の認知からその原因が砒素混入醤油の中毒であることを確認発表する迄の行政的立場から見た逐日的経過に就て,若干の疫学的考察を試み,当面の責任者としての反省と将来に資したいと思う。
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