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環境衞生学の課題としての大気汚染
新保 外志
1
,
田多井 吉之介
1
1国立公衆衛生院生理衛生学部
pp.12-23
発行日 1955年2月15日
Published Date 1955/2/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1401201525
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1.はしがき
大気圏の底に共存するわれわれ人類の歴史をふり返えるならば,大気と気候は直接に身性に作用しまた間接に食物としての植動物の生育を支配するものとして,遠い過去からその生存に重大な影響を与えてきた。衣食住その他の生産技術が進歩した―それは長い年月の人類の努力の結晶であるが―現在はもちろん将来でも,その事情は根本的にはかわらないであろう。しかし社会の進歩とともに,われわれは次第に気象や大気の直接の支配から自らを脱却しつつあることは確かである。ところが人間社会が成長し,自足的農業生産社会から脱皮して工業化が始まり,都市に人口が集中し,運輸交通もさかんになると,社会自らが環境としての大気の性状に影響を与え,新しく大気汚染問題を提供してしまつた。衞生学の歴史をみると,古くは細菌学をまた最近は栄養学など,大きな学問分野を包含してきたが,大気の汚染問題はそれにつぐ分野となりつつある。
去る3月と4月数回に亘つてマーシヤル群島で行われた合衆国の水爆実験の結果が,原住島民と偶然遇難した第五福龍丸の不幸にとどまらず,予想以上に大きなスケールで長く海洋魚族や大気を放射性物質で汚染し続けた事実に直面して,われわれはこの対策に心胆をくだいている。しかしもつと広い意味の大気汚染が社会の問題として取り上げられたのは,現在に始まるのでも"原子灰"に始まるのでもない。平和な生産社会にも,なおその問題は生じうるのであつた。
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