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「人の振り見て我が振り直せ」ということわざがあるが,一般に,人は自分のことが最も見えていないらしい.私が20年近く前に臨床から行政に移ってきた時,まるでタイムマシンで別世界に来たような気がした.見るもの聞くもの知らないことばかりで,かなり戸惑った.なかでも,物事の判断基準が全く違うのに非常に驚いた.それまでの私は,今思うと恥ずかしいことではあるが,世の中に判断基準がいくつもあるとは,思ってもいなかった.自分が臨床で学んだ物指しが,そのまま世の中に通用すると信じていた.その時,保健所の大先輩から「あなたは今やっと本当の社会に来て,娑婆学を学んでいるのだ.これが本当の“世の中”であって,これまでいた臨床という医師の世界は,“世の中”から見れば,非常に特殊な世界なのだ」と言われた.医学部卒業の24歳まで18年間も学生をやり,その後本当の社会に接することなく,すぐに臨床という名の特殊社会にどっぷりと長い間浸かっていたのだ.その時はあまりピンとこなかったが,あれから20年近く経った今,大先輩の言葉の意味がよくわかり,思い出すたびに冷や汗が流れる.
研修医の中には,一度社会人として活躍した後に,医学部へ入り直した人もいる.このような人は,世間の物指しを持っているので,臨床という社会を世間と比較して考えることができる.しかしほとんどの研修医は,かつての私と同様,世間を経験することなく臨床に入った,いわゆる「世間知らず」である.これまでのように,診察室の中だけにいて,患者の病気だけを診ているのならそれでもいいが,全人的医療を目指す21世紀の今,これでは困る.患者は世間の物指しに従って暮らしており,臨床の物指しは,彼らの普段の生活には無関係である.よって,医師のほうが世間の物指しを身につけ,臨床の物指しと二本立てで,全人的医療を目指す必要がある.
研修医たちに世間の物指しを持たすためには,医療の外側に身を置いて,外側から医療を眺めさせるのが,一番効果的な方法である.そのためには,普段から仕事を通して医療を外側から見ている,保健所での研修が役に立つ.保健所には,外側から医療を見るのに都合の良いものがたくさん揃っている.対人サービスのケース記録,医療相談の記録,医療監視の記録,医療計画書等,他では絶対に得られない,宝の山を持っている.
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