わたしの大切な作業・第89回
お茶で始まる一日
西 靖
1
1株式会社毎日放送
pp.1069
発行日 2025年9月15日
Published Date 2025/9/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.091513540590101069
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私の大切な作業は言葉にしてしまうととても簡単で、「朝起きたら、お茶を淹れる」というものです。わが家には3人の男の子がいますが、3人目が生まれる少し前から、朝ご飯を作るのが私の役目になりました。妊娠中の妻の体調の変化(食欲がなかったり、あり過ぎたり、すごく眠かったり、腰が痛かったりと、ほんとうに大変そうでした)を目の当たりにして、それまで任せきりにしていた台所に立つようになりました。和食党なので朝はご飯とみそ汁、それに目玉焼きか、卵焼きか、シシャモ。これまでほとんど料理の経験がない私が作るのですから、判で押したように同じものが毎朝並びますが、それでも子どもも妻もぱくぱく食べてくれていて、50歳を過ぎて、遅ればせながら人に料理を作る喜びを知ったところです。
6時過ぎに起床。眠い目をこすりながら、前夜に煮干しを放り込んでおいた手鍋を火にかけ、炊飯器のスイッチを押す。その傍らで、やかんに水を入れて、空いているコンロにのせる。茶筒から急須に茶葉を入れる。お湯が沸いたら少し冷まして急須に入れ、数分後に妻と私の湯呑みに注ぐ。行儀は悪いですが、トマトを切ったり卵を焼いたりする合間に、立ったままそのお茶に口をつけます。朝ご飯同様に判で押したように同じことを繰り返していますが、なぜか日によって微妙に渋みが強かったり、まろやかだったりします。難しいことをしているわけでも高級な茶葉を使っているわけでもありませんが、ときどき「ああ、うまいな」と呟いてしまうほど美味しく淹れられることがあって、得をした気分になります。お茶をすするまでが昨日の続きで、お茶が喉を通ったら「さあ」と一日のスイッチが入るような感じです。
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