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はじめに
パラリンピックの発祥は,約80年前の第二次世界大戦中にドイツから亡命したグットマン卿(Ludwig Guttmann:1899-1980)が,ロンドン郊外の病院で脊髄損傷のリハビリテーションにスポーツを取り入れた時点に遡ることができる.グットマン卿は,当時の一般的なリハビリテーションに比べて,スポーツを用いたリハビリテーションの効果が際立って高いことに気がつき,これを積極的にリハビリテーションプログラムに取り入れ,やがて同病院で競技会を開催するようになったのだという.その競技会は,外国人選手が参加する等,国際大会化し,パラリンピックへと発展するのであった.今日のパラリンピックはオリンピック同様に,パフォーマンスの限界を競うスポーツ競技会であって,機能回復を企図するリハビリテーション的意義はない.しかし,その発祥が機能回復を目的としたリハビリテーションにあったことは,「パラリンピックブレイン」のリハビリテーション的意義を考察するうえで興味深い.
私たちが「パラリンピックブレイン」と呼ぶ,パラリンピック選手にみられる脳の再編は,それぞれのスポーツに特有なトレーニングの帰結であり,機能回復のためのリハビリテーションによってもたらされる脳の再編と本質的に同等である.前者が高い身体パフォーマンスを裏打ちする脳再編であるのに対し,後者は機能回復の基盤となる脳再編であって,いずれも神経可塑性によってもたらされる神経系の再組織化である.「パラリンピック選手はリハビリテーションのお手本」という言い方をするのは,パラリンピック選手が日々汗を流すトレーニングは,限界を超えるための,勝つための身体トレーニングであり,自ずとそのトレーニングも限界に近いものとなり,その結果生じる脳の再編も限界に近い水準にあると考えられるからである.それらは一般的な機能回復を目指すリハビリテーションより高い水準であると同時に,機能回復の限界も一般的リハビリテーションより,さらに上にあることを間接的に示している.つまり,パラリンピック選手の脳の再編は,リハビリテーションの未踏の可能性を示していると表現してもよいであろう.
本稿では特に,一次運動野の身体部位局在註)に焦点を当て,パラアスリートの脳に観察された再編の例,高次脳機能障がい者のニューロリハビリテーションによってもたらされた再編の例を紹介しつつ,一次運動野の可塑性とニューロリハビリテーションの役割について考察したい.

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