顎顔面形成不全の発症に関与するレチノイン酸シグナルの役割と分子メカニズム

The role of retinoid signaling in the pathogenesis of congenital craniofacial defects

　顎顔面領域は生命維持に必要な臓器を多数包含する領域であると共に，社会生活や人間関係を営むうえでも重要な領域である。特に口腔領域は，呼吸，摂食，発話などの基本的な機能を担い，これらの機能障害が健康に及ぼす影響は極めて大きい。また，頭部の発生過程や動物種間の進化を論じるうえにおいて，顎顔面領域は長年にわたって議論の中心であった。

　顎顔面形成不全は先天性疾患のなかで発症頻度が高い疾患であり，その背景には胎生期における複雑な顎顔面発生過程がある。脊椎動物の頭部は，体軸の最前方部の神経上皮が頭部神経上皮へと運命決定される過程を経て形成される。特に顎顔面形成において重要な役割を果たす頭部神経堤細胞は進化的に高度に保存されており，これらの細胞に障害が生じると多様な顎顔面形成不全が発症する。この神経堤細胞の異常に起因する疾患群は“neurocristopathy”と呼ばれ，顎顔面の各コンポーネントにおいて細胞生物学的な異常が生じ，結果として顎顔面の形態学的異常をもたらす。