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総合診療医がみる「性」のプライマリ・ケア

総合診療医がみる「性」のプライマリ・ケア
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筆頭著者 谷口 恭 (著)

太融寺町谷口医院院長

金芳堂

電子版ISBN

電子版発売日 2022年3月7日

ページ数 258

判型 A5変

印刷版ISBN 978-4-7653-1892-1

印刷版発行年月 2022年2月

DOI https://doi.org/10.50910/9784765318921

書籍・雑誌概要

本書では都市型総合診療クリニックでプライマリ・ケアを実践する著者が性に関して問題を抱えた患者を診る際のノウハウを豊富な具体例を交えて解説します。

そもそも、医療に携わるうえで多様化した昨今の「性」について正しい理解ができているでしょうか?
総論では多様な「性」について解説しており、外来を受け持つ医師はもちろんのこと、すべての医療従事者が知っておくべき多様な「性」やそれに付随した問題を解説します。
各論ではより具体的な性感染症について、豊富な経験と具体例を交えて疾患ごとの対処法などを紹介します。

プライマリ・ケアにおいては「性」について、単純に性感染症についての知識を得るだけでは十分と言えず、患者の精神症状や社会背景、さらには「差別」などへの理解も必要となり、患者を診る際に「性」の観点を持つことが重要となってきます。

本書を通じて是非新たな視点を身に着けてください。

かのフロイトは人格形成をすべてリビドー(性的欲求)に求めようとし、今もこの汎性欲論が一部の人たちから根強く支持されていると聞く。それが正しいかどうかは筆者にはわからないが、いつの時代も“性”が多くの人にとって人生のなかで重要な位置を占め、ときにその“性”のために生きる方向が変わったり、病気になったり、あるいは人生が狂ったりする人も少なくないのは事実だ。

性の悩みと共に生きるのが人間といっても過言ではないだろう。

当院の住所は「大阪市北区太融寺町」。オフィス街と繁華街が一緒になったようなところだ。

この地でGP(General Practitioner:プライマリ・ケア医、家庭医、総合診療医と様々な呼び方があり、厳密にはこれらの定義は異なるのだが、本書ではGPで通す)としてプライマリ・ケアを実践し、はや14年が過ぎた。

当院のミッション・ステイトメントの第4条は「年齢・性別(sex,gender)・国籍・宗教・職業などにかかわらず、すべての受診者に対し平等に接する」だ。
ミッション・ステイトメントの全条項の見直しは、年に一度スタッフ全員参加の会議で行っており、たびたび変更・修正が加えられているが、この第4条だけは15年間不変だ。新しく入ったスタッフには“sex”と“gender”の違いを伝え、様々な「性」があること、その「性」が原因で医療機関で嫌な思いをしている患者が少なくないことも理解してもらっている。

「性」はときに「人間のidentityそのもの」とさえ言える。そして、大半の人が人生のなかで「愛のために生きる」ことを経験する。医療者のなかにも「愛する人のためなら命を差し出せる」という気持ちになったことがある人もいるだろう。そこまでいかなくても、四六時中パートナーのことを考え、行動のすべてがパートナーが基準になった恋愛経験のある人は少なくないだろう。だから、我々医師、特にGPは患者を診る場面で、ときにはその患者の“sexual identity”も診なければならない。

たとえば、禁煙・減量のモチベーションをあげてもらうためには「その患者にパートナーがいるのか、そのパートナーのために努力できるか」いったことも考えるべきだ。これは医療現場でよく言われる「家族の協力」とは異なる概念だ。わかりやすい言い方をすると「パートナーのためにがんばれるか」あるいは「パートナーにいい恰好をするためにがんばれるか」が重要であり、このようなモチベーションはときにどんなに優れた薬剤よりも効果がある。

禁煙治療を考えてみよう。当院では禁煙希望者には必ず「動機」を尋ねるようにして、パートナーがいるかどうか、いるならそのパートナーが喫煙者か、そして同棲しているかどうかを確認している。興味深いことに、長年のパートナーよりも「交際できることになるかもしれない好きな相手が非喫煙者」というときに成功率がぐっと上がるのだ。

パートナーについて尋ねるとき、可能であればその人は同性か異性かも聞くようにしている。もちろん、こういった質問ができる“空気”がなければそのときには聞かないほうが賢明である。そのあたりの空気を読むのは簡単ではないが、早い段階で患者の“sexual identity”について確認することができれば、医療者と患者の間の距離が縮まり良好な関係が構築できることが多い。

禁煙治療なら再診時に「(禁煙が続いて)パートナーの方も喜ばれているんじゃないですか?」といった会話はときに有効だ。

当院には皮膚疾患の患者も少なくない。多くはアトピー性皮膚炎(以下、単に「アトピー」とする)や尋常性乾癬といった「目に見える疾患」だ。アトピーを主訴に受診した初診の患者にsexual identityを尋ねるようなことは通常はしないが、それでも「この患者はこれまでどんな恋愛をしてきて、今後はどのようなことを考えているのだろう?」といったことは考えるようにしている。

もちろん、そのようなことを考えること自体がいくらかの患者にとってはお節介であるし、こういった話題を持ち出すのは十分慎重にすべきである。しかし「皮膚をきれいにしたい」という気持ちのベースには「パートナーがほしい」あるいは「モテたい」という欲求がある場合が多い(というよりほとんどがそうだ)。医療者側が「ここまで改善したんだから十分だろう」と考えても、「いえ、もっともっときれいになってモテるようになりたいんです」と(口にはしなくても)患者は思っていることが多い。ここを理解しなければ患者と医療者の治療の「目標」に乖離が生じ、コミュニケーションの齟齬が生まれることもある。

「性」はとても難しい。その理由のひとつが「性には反モラルの要素がある」ということだ。最もわかりやすい反モラルの例は「性暴力(レイプ)、痴漢、ストーカー」などの明らかな犯罪行為だが、こういったわかりやすい行為だけではない。

当院でしばしば相談を受けるのが「性依存症」だ。これを“疾患”と呼ぶかどうかには議論があると思うが、いずれにせよ苦しんでいる者は多い。「夫の性依存症を治したい」といって相談にくる主婦が当院をときどき受診するし、「フーゾク通いが止められない」が主訴の男性もしばしば受診する。

なお、文化や慣習を意味する「風俗」と区別するために、性風俗を本書では「フーゾク」と表現することにする。性依存症が高じて借金を繰り返す者もいるし、夫がフーゾク通いをやめないことが原因で精神を病んでいく主婦もいる。

単なるGPがこういった“症例”に貢献できることはわずかしかないかもしれないが、それでも彼(彼女)らが悩みを打ち明けられるのは、日ごろ健康のことなら何でも相談できるGPしかいない、ということは多い。

「性」はときに取り返しのつかない悲劇も生む。嫉妬からくる殺人、あるいは無理心中といった事例に医療者が関わることはそう多くないだろうが、我々が診ている患者が「自殺」をしたとき、そこに「性」の問題が孕んでいた可能性がある。

当院の患者でいえば過去2年で自殺した女性2人はいずれも「性」の問題を抱えていた。ひとりはAV女優、もうひとりはsex workerであった。二人とも心の病を持っていて精神科にも受診してもらっていたのだが、共に自殺するようなそぶりはみせていなかった(と言うより筆者が気付けなかった)。二人とも遺書を残しておらず自殺の原因に「性」がどこまで関与していたのかはわからないが「我々にできることがなかったのか?」今も考えている。

「恋愛感情ではないリビドー(性的欲求)による行動で、その後の人生を大きく変えてしまう疾患に罹患した」、わかりやすく言えば「一時的な性欲で人生が狂った」という患者も少なくない。実際、当院で診ているHIV陽性者のなかには、気軽に関係をもった相手から感染したという患者も多い。彼(彼女)らのなかには、そのときの後悔の念が拭えずに精神状態が安定しない者もいる。診察で毎回その「後悔の念」について触れるわけではないが、精神状態については常に注意を払わねばならない。

客観的には軽度の症状なのに患者は深刻に考えているような事例にも「性」が関与している場合がある。さらにそのせいで受診をためらっているケースも多い。

たとえば、Covid-19が流行している時期に「1週間続く感冒症状」で当院の発熱外来を受診した20代女性はCovid-19を心配しているのかと思いきや、「交際することになった男性からクラミジア(性器クラミジア感染症)を咽頭にうつされたのではないかが心配」が真の主訴であった。外陰部の炎症が悪化しているが半年間放置していたという40代の女性は「1年前に夫以外の男性と性行為を持ったことが原因ではないかと考え、夫にも言い出せず一人で悩み続けていた」ことが問診からわかった。単なる非感染性の外陰部炎を市販の軟膏で悪化させていただけだった。それを伝えると安堵し涙を流し始めた。

当院では診察室の扉は防音効果のある頑丈なものを使用しており、さらに扉の前にマスキング音が出るスピーチプライバシーシステムを設置している。さらに、必要であれば看護師にも退席してもらい入口と反対側の扉(こちらも防音効果のある扉)も閉めて、完全な“密室”とすることもある。このようにプライバシーを確保したうえで話しやすい環境にすると本音を話し涙を流す患者が少なくないのだが、改めて考えてみるとその多くで”性”が関与していることがわかる。

また、その逆に(特に患者がストレートの女性の場合)、男性である筆者よりも女性看護師が話を聞いた方がいい場合も少なくない。したがって、性を診るクリニックでは看護師や他のスタッフとも勉強を重ね、コミュニケーションを密にしておく必要がある。

当院で月に一度開催している主に看護師を対象とした勉強会(ちなみに、この勉強会は毎回外部の医療者も参加している)では性が関与したテーマを取り上げることも多く、その勉強会では毎回ひとりの看護師が症例報告を行っている。そこで、性の問題を抱えたケースが取り上げられることも少なくない。優秀な看護師がいなければ性を幅広く診るのは困難なのだ。

精神症状を呈する患者のなかで「性」が関係しているケースは多い。不眠、抑うつ感、不安感などが生じたきっかけが「性」に関することであったり、あるいは先にこういった症状がありそれを悪化(ときには改善)させたりするのが「性」であるというケースは数多い。

性暴力、ストーカー、domestic villence(以下DVとする)の被害者も少なくない。これらの被害者のなかには男性もいる。DVの被害者というと女性が想定されることが多いが、妻から身体的な暴力を受けている男性も珍しくはない。そして、精神科の敷居が高いことや、訴える自覚症状が精神症状ではなく、嘔気、めまい、しびれといった不定愁訴であることなどから、精神科を受診していないことが多く、また精神科受診を勧めても拒否されることも少なくない。

となると、最初に相談を受けたGPが初期診療を担うことになる。

直接的な「性」のことで当院を繰り返し受診する患者には、性的にactiveなゲイの男性や(男女とも)sex workerが目立つ。

定期的に性感染症の検査をしているsex workerは、通常、当院のようなGPのクリニックではなく性病科を標榜しているクリニック、あるいは婦人科や泌尿器科で性感染症を積極的に診ているクリニックなどを受診するのが一般的だが、内科的な疾患、または他の疾患で当院を受診している患者は当院でこれらの治療と性感染症の検査を同時に希望することがある。

そして、こういった性にactiveな人たちは、抑うつ感、不眠、不安感などの精神症状を有していることも多い。つまり先述したように、精神症状を聞いたときには、その患者の「性」を考えることが必要なだけでなく、その逆に、性的にactiveな患者を診たときには精神疾患を呈していないかどうかにも注意する必要がある。

さらに難しい問題もある。筆者の経験で言えば性にactiveな人は(違法)薬物に手を出していることが多いのだ。sex workerの喫煙率が高いことはおそらく間違いなく、そして薬物にはもちろんタバコ以外のものも考えねばならない。合法・非合法の分類にはあまり意味がないが、合法的なものでいえばアルコール依存症、ベンゾジアゼピン依存症(ベンゾジアゼピンについては本書では以下BZとする)はかなり多い(BZを非合法的に入手している者も少なくない)。ブロン(コデイン+エフェドリン)やナロンエース(ブロモバレリル尿素)の依存症になっている者もいる。違法なものでは、大麻、覚醒剤、MDMAあたりが多い。もちろんこれらを使用していることを初診時に患者が言い出すことはなく、ある程度時間がたってから患者の方から話をしてくる場合がほとんどだ。

セクシャルマイノリティ(LGBT、あるいはSOGIという言葉が人口に膾炙していると思われるが、本書では「セクシャルマイノリティ」または単に「マイノリティ」とする)については本文でじっくりと述べるが、セクシャルマイノリティのひとつの特徴として、ストレートの男女よりも(違法)薬物の経験者が多いことが挙げられる。

本書ではセクシャルマイノリティの診察についても十分なページをとった(第1章参照)。マイノリティに対する何気ない一言で、医療者と患者の関係が崩れることは想像に難くないだろうが、単に「NGワード」を覚えればいい、という単純な話ではない。

GPが「性」を診るときに忘れてはならないひとつが「差別」だ(似た言葉に「偏見」「スティグマ」などがあり、これらは厳密には意味が異なるのだが本書ではそれには深入りせず「差別」で統一する)。

セクシャルマイノリティへの差別については論をまたないが、HIV陽性者への差別、sex workerへの差別、性犯罪者(加害者のみならず被害者も)への差別という問題は根深く、そして誤解を恐れずに言うならば、こういった人たちに対して最も理解が「ない」のは我々医療者だ。

また、狭義の差別には該当しないが、世の中に「恋愛ヒエラルキー」があるのは明らかであり、そのヒエラルキーに囚われすぎたがゆえに身体や精神を病んでいる者、つまり「恋愛弱者」であることを自覚し、精神的に不健康になっていく者も少なくない。

「性のプライマリ・ケア」と聞いてこの本を手にとったあなたは、どのような問題に興味をお持ちだろうか? セクシャルマイノリティへの対処法だろうか? 性感染症の診断と治療だろうか? それとも、GPが診るべき泌尿器科及び婦人科疾患だろうか?

本書で取り扱うのはもっと広い範囲のものだ。多くの身体症状や精神症状を診るときに「性」の観点からの考察が必要であり、患者から「性的」な訴えがあったときには精神症状や社会背景にも留意しなければならず、ときには薬物依存症の知識も必要で、さらに「差別」についても考察せねばならないのが「性のプライマリ・ケア」だと筆者は考えている。

なお、本書を読まれる前にひとつお断りしておかねばならないことがある。

通常、医師が書く書籍というのはエビデンスに基づいていなければならない。しかし、本書はお世辞にもエビデンスが豊富とは言えない。むしろ、エピソード重視で構成されており、学術的には価値がない。それでも、最終的に本書を上梓することを決心したのが、他に同様の書籍がないことに加え、エビデンスを出しにくい内容が多いからだ。たとえば、性感染症を繰り返す者は依存症が多いという印象を筆者は持っているが、性感染症を繰り返す患者が毎回当院を受診するわけではないことや、依存症の定義があいまいなことなどからデータを示すのは困難なのだ。

それでも、都市に位置する総合診療のクリニックで日々おこなわれている「性に関する診療」に興味を持っていただければ幸いである。

目次

はじめに

Part 1 「性」に対する理解を深める
1.セクシャルマイノリティとはなにか?―「性」の多様性を俯瞰する―
2.sex worker(SW:セックスワーカー)―「性」を仕事にする人々とその実情を知る―
3.緊急避妊と避妊薬(OC/LEP)―緊急避妊はGP(プライマリ・ケア)の仕事である―
4.様々な依存症―「性」に潜む依存の諸問題を知る―
5.性暴力の被害者と加害者―心身の症状に対するケアを担う―

Part 2 性感染症の診かた・考えかた
1.HIV(検査・診断から告知・治療まで)
2.HIV(プライマリ・ケアにおける留意点)
3.HBV(B型肝炎ウイルス)
4.HCV(C型肝炎ウイルス)
5.梅毒
6.HPV
7.性器ヘルペス
8.淋菌・クラミジアなど
9.性感染症に含まれる様々な感染症

あとがき

Column
医療者はアウティングに注意
内診台はこんなに便利
同性愛者の許されない罪
世界の同性婚、3人親とasexual(アセクシュアル)
レイプしても結婚で罪が帳消しになる国とstealthingが有罪の国
こんなにも重宝する顕微鏡
「HIV恐怖症」という病
HIVのHAND
故・大国剛先生から学んだこと
オスカー・ワイルドとカレン・ブリクセン
急増するノンバイナリー
性別適合手術が日本で普及する日はくるか

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