Japanese
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話題
コロンビア大学での研究生活
板東 武彦
1
Takehiko Bando
1
1大阪大学基礎工学部生物工学科
pp.312-315
発行日 1977年8月15日
Published Date 1977/8/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.2425903202
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- Abstract 文献概要
- 1ページ目 Look Inside
コロンビア大学生理学教室 昭和49年11月から51年11月末までの2年間ニューヨーク市にあるコロンビア大学医学部生理学教室のW. A. Spencer教授の研究室に居ました。この研究室は総勢3人に大学院生(PhD-student)という小世帯ですが,E. R. Kandel教授のグループに属していて,グループとしては総人数は20数人になります。セミナーを一緒に行い,また週1回雑誌抄読会を開いていました。電気技術者(2人)やメディカル・イラストレーター,小使いさんを共同で雇い秘書も一応の所属はありますが5〜6人が必要に応じて手伝いあって働いていました。研究費もグループの中で複雑にプールしており,またグループとして私立財団からのtraining grantをもっていて,この中からpostdoctoral fellowや大学院学生などの給料や奨学金を出したりもしていました。
生理学教室は教授が8人,助教授が数人いて,各々研究室ももっていますが,われわれのグループとDr. Chienおよび宇佐美駿一先生のレオロジーのグループが大きく,かつ活発に仕事をしていて,残りの人は多少の例外を除いて小規模にやっていました。ChairmanはDr. Tagartという,昔,腎臓の研究をしていた人で,いまはChairmanに専念しています。

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