Japanese
English
——
中国の看護教育
村田 嘉代子
1
1東京都立豊島病院
pp.174-176
発行日 1975年3月25日
Published Date 1975/3/25
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1663906868
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はじめに
1949年中華人民共和国が成立してから,中国政府は人民の健康にとりわけ関心をよせ,大量の医務要員の養成に努力してきた.中国は,これまでずっと農業を主軸としてきた国であり,人口の80%は農村に住んでいる.解放前の医療状況は極めて低いもので,大部分の農民は病気になっても医療は受けることができなかった.解放後は,この低い医療水準はだいぶ改善されたが,まだ中国の人民の要求に十分こたえられるものではなかった.
文化大革命が起こると,中国の医療もその発展の方向に大きな変化が加えられた.1965年毛主席は‘医療・衛生活動の重点を農村におこう’という指示を出し,国のすみずみまで医療を普及させるため“はだしの医者”のような独創的な制度が生まれるようになった.

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