Japanese
English
グラビア この時この1葉
結核が「国民病」だったころ
山根 信子
1
,
坂本 玄子
1
,
大森 文子
1看護史研究会
pp.892-893
発行日 1999年10月1日
Published Date 1999/10/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661905936
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- Abstract 文献概要
1999年7月,厚生省は結核緊急事態を宣言した.
1945年,戦後日本は「国民病」といわれた結核に対して国をあげての対策をたて,その成果として結核は「過去の病気」となったかのように思われていた.医学,看護教育のなかで教えられることも少なくなってきて,医療現場でも,かつての結核療養所は一般病院に,結核病棟は閉鎖もしくは感染症病棟へと変わり,医師や看護婦の結核に対する認識は希薄になってきた.それが,1997年には新規患者が38年ぶりに増加し,その後も勢いは弱まらないでいる.
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