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コーヒーブレイク
あの頃…その後 Part2
大西 崇規
1
1大阪北逓信病院臨床検査室
pp.135
発行日 2007年2月1日
Published Date 2007/2/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1543101733
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- Abstract 文献概要
「こんどの新人はいろいろと勝手に変えていく」と顰蹙を買いながらもやはり改革は必要と信じ鏡検方法や依頼伝票を変更していった.といっても当時は,PC もMS-DOS が主流(?)でありワープロソフトは一太郎Ver.3,表計算ソフトはロータス1-2-3を使っていた.PC もNEC9801F を使っていた.今から思えば電卓にキーボードとモニターとを付けたようなもの.FD も5インチの2DD を使っていた.FD スロットルも二つ付いており,システムディスクと辞書ディスクとを入れて使っていた.作成した文書を保存するときは,辞書ディスクとデータディスクとを入れ替えて保存していた(ホントだよ).
今なら伝票類のレイアウトなどは簡単にPC で作成できるが,当時は方眼用紙とものさしとを使い手書きで行っていた.そんな作業をする傍ら,知識に対する欲求も芽生え,技師会の講習会,講演会にもできる限り出席した.独身であり時間も好きに使えたので仕事の後は,自由であった.もちろん一般検査関係のものに参加していたが,ほかには病理・細胞診関係や臨床化学関係のものにも参加した.しかし,仕事が終わった後や土曜日の午後からの勉強は睡魔との闘いであった.よく負けた.
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