Japanese
English
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Toxic Epidermal Necrolysisの1例
A CASE OF TOXIC EPIDERMAL NECROLYSIS (LYELL)
中村 絹代
1
,
新妻 寛
1
Kinuyo NAKAMURA
1
,
Kan NIIZUMA
1
1慶応義塾大学医学部皮膚科学教室
1Department of Dermatology, School of Medicine, Keio University
pp.303-307
発行日 1965年3月1日
Published Date 1965/3/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1491204044
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- Abstract 文献概要
- 1ページ目 Look Inside
I.緒 言
1956年Lyell1)は熱傷類似の皮膚所見を呈する中毒性皮膚疾患に対して,Toxic epidermal necrolysis(T. E. N.)と命名し,その独立性を明らかにして,4例の報告を行つた。以来,欧米には多数の報告を見るが,本邦では昭和38年に本田2)の報告せる2例を初とし,その後安田3),若杉4)森嶋5)の他,学会誌上に2,3その報告が散見されるのみである。我々も1年2ヵ月の女児の本症と思われる症例で,且つ治癒後,貼布試験により原因としてフェノバールが考えられた症例を経験したので報告し,合せて本邦報告例(詳細不明の報告例を除く)7例を総括する。

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