Japanese
English
論述
脊柱側彎症に対するDwyer手術
大谷 清
1
Kiyoshi OHTANI
1
1国立療養所村山病院整形外科
pp.642-649
発行日 1974年8月25日
Published Date 1974/8/25
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1408905028
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はじめに
脊柱側彎症にたいする脊椎固定術の歴史は古く,Albee(1911),Hibbs(1911)の後方固定術に始まる.その後,Risser(1955)のturnbuckle cast法,localizercast法等の脊柱側彎矯正法の発展にともない,脊椎後方固定法もMoe(1958),Risser(1964),Goldstein(1966)らにより改良されつつ,脊柱側彎症の手術療法は画期的な進歩をとげてきた.1962年P. R. Harringtonは特殊な器具による側彎矯正と後方固定を加えた手術法を発表して以来,いわゆるHarrington法は広く普及し,そのすぐれた成績は内外より多く発表されるに至り,今日脊柱側彎症の手術療法の主流をなすものといえる.
一方,脊柱側彎症にたいする椎体侵襲の試みは,わが国においても故鈴木教授(1957)による椎体のstapling法,その後井上教授(1969)の椎体骨切術による矯正法などが発表されてきた.ところで,Allan F. Dwyerは1964年以来,前方椎体侵襲により彼独自の考案になる器具を用いて側轡矯正を試みた,以来,すでに100余例におよび,彼の手術法およびそのすぐれた成績はすでに発表されている.

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