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I はじめに
独自の統合的心理療法の理論を体系化し,心理臨床の要諦を後進に明示し,臨床心理学界の発展に多大な貢献をされた村瀬嘉代子先生。日本臨床心理士会会長や日本心理研修センター理事長をはじめ,多くの要職を歴任され,国民に広く心理支援がいきわたるべく心理職の国家資格化にも尽力された。村瀬先生の偉業の実践拠点は東京であったが,海外を含むグローバルな世界で研鑽や研究を積み重ねられた。一方で先生は,日本国内,北から南まで,離島を含め,地方の教育機関での教育,福祉施設での支援,地域貢献事業への参画など,ローカルな実践活動にも幅広く継続的に取り組まれた。
筆者は北海道の一大学において,村瀬先生からのご支援に与った者の一人である。村瀬先生から賜ったご恩は計り知れない。ご逝去の5日ほど前の年末に村瀬先生とお電話でお話をさせていただく機会に与った。いつもと変わらぬ,若々しく澄んだお声,優しく穏やかな口調,深く心にしみいる秀逸なお言葉の連続,直接お話しできた幸せに感じ入った。その日のお電話で先生は,北海道の人は誠実で努力家,北海道で本当に大切なことを教えてもらった,特に,どんな状況でも人は変われるということを確認できた,人生の学びのノートの最後のページに北海道で学んだことを書けるのは本当に幸せ,と語られ,温かい労いと力強い励ましのお言葉をくださったのだった。先生には100歳を超えてもなおご指導を賜りたいと,その際に図々しく申し添えたお願いにも,優しい笑い声で受け入れのお応えをくださった。私は受話器に向かって何度も頭を下げながら,深い感謝で胸が熱くなった。今思うと,この日のお電話で,先生は全身全霊を尽くして,北海道の人々への慈しみの思いを伝え,勇気と希望を与えようとしてくださっていたように感じられてならない。
村瀬先生への言い尽くせぬ感謝の想いを胸に,二度とお会いできない悲哀,ご厚意に甘えるばかりでご恩返しもできなかった後悔の念をしばし鎮めて,北海道における村瀬先生のお姿を偲びつつ,拙いながら,当地での村瀬先生の教えや支援の営みについて書き記したいと思う。

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