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I はじめに
2025年1月2日,村瀬嘉代子先生が逝去されたとの報に接したとき,深い悲しみとともに,教え子としての私の胸には先生の大きな存在と,そのご功績があらためて深く刻まれた。訃報を受け取った瞬間,強い喪失感に包まれ,これまで先生とのあいだで交わしてきた数々の対話やご指導の光景が,まるで走馬灯のように脳裏をよぎった。
2024年12月28日には,先生とお電話でお話しする機会があった。翌年12月に北翔大学で開催される日本精神衛生学会第41回大会でのご登壇をお願いしたところ,その趣旨に共感くださり,北海道での対面講演を楽しみにしておられた様子だった。それが最後のやりとりとなってしまった。何気ない日常の一場面でありながら,その言葉の一つひとつには,先生の信念と優しさが込められていたことを,今あらためて思う。
村瀬先生が,日本の臨床心理学において果たしてこられた役割について,今さら私が詳述するまでもない。日本臨床心理士会の会長,日本心理研修センターの理事長として,公認心理師制度の創設という歴史的な転換点にも深く関与され,心理専門職の社会的な位置づけの確立と制度化に尽力された。また,臨床心理学を学ぶ多くの後進の育成にも心血を注がれ,大正大学では名誉教授として,多くの学生たちの成長に静かに,そして厳しく寄り添ってこられた。その真摯なまなざしと温かな臨床観は,多くの教え子たちのなかに深く刻まれている。
私自身も,先生に導かれるようにして大正大学大学院博士後期課程に進学し,その後警察心理職を経て,北翔大学に奉職することとなった。村瀬先生には,2008年から北翔大学大学院の客員教授として,北海道に継続的にご来道いただき,大学院生の指導にとどまらず,心理臨床の質的な向上や実践教育,地域福祉との連携にも大きな力を注いでいただいた。北海道という地に根ざす臨床実践と教育の現場に,先生が繰り返し足を運び,惜しみないご指導をくださったことは,今思えば奇跡のようでもあり,私たちにとって何よりの励みだった。
本稿では,まず私が大正大学大学院で村瀬先生から受けた教育の原点を振り返り,次に北翔大学での先生との共同実践を通して得た学びについて述べていきたい。そのうえで,私自身が北海道臨床心理士会会長や北海道いじめ問題審議会会長といった社会的な役割を担うことになった際に,先生の思想や実践からどのような影響を受け,それをどのように自分なりに受け止め,行動に移してきたかを記していく。
村瀬先生が生涯をかけて追い求めてこられた「社会に根ざした心理専門職のあり方」は,まさに現代の複雑な社会課題と向き合う私たちが,今なお問い続けるべきテーマである。本稿を通じて,その理念を私なりの言葉で綴ることで,少しでもその教えを未来へと手渡すことができれば,それがささやかな恩返しとなるだろう。

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