特集 村瀬嘉代子1935-2025
生活を視野に入れた心理療法――村瀬嘉代子先生に学ぶ
青木 省三
1
1公益財団法人 慈圭会精神医学研究所
pp.120-125
発行日 2025年9月10日
Published Date 2025/9/10
DOI https://doi.org/10.69291/cp25080120
- 有料閲覧
- 文献概要
- 1ページ目
- 参考文献
I はじめに
いざ,村瀬嘉代子先生の臨床について記そうと思うと,筆がまったく進まなくなる。これまでに,ご著書の書評などを依頼されたときと同様で,頭と体が動かなくなるのである。「村瀬先生は○○である」と記すと,別の村瀬先生が現れて「私には△△なところもありますよ」とおっしゃるような気がする。どこかを切り取ると,何かがこぼれ落ちる。だから,短く文章にまとめることなど,そもそも無理なことなのだと,手が止まってしまう。
村瀬先生(以下,敬称を略す)は,生涯現役として活躍された。用事があって,ご自宅に電話したときもなかなかつながらなかった。夜遅くようやくつながったと思ったら,「夜はいつ電話をいただいても大丈夫です。ほとんど寝ないのです」とおっしゃった。短い睡眠を折々にとっておられるが,まとまった睡眠はとられなかったようだ。事例検討会などで,時に目をつむられてはいたが,最後のコメントを聞くと,その的確さと深さに驚かされた。いつ気づかれたのだろうと思って尋ねてみると,「発表者を見て,そして話される事例をいくらか聞いたら,これからどのようなことが起こり,どのような展開になるか,わかるでしょう」とさらっと話された。事例検討会の冒頭でおおよそのことが頭に浮かび,それをその後に入る情報で少しずつ修正していく,そんな聞き方だったようだ。数学の問題で言えば,最初に答えがわかり,それから解き方を考えていくとでもいうのだろうか。臨床におけるさまざまな局面で,瞬時にフルスピードで考え,ひとつの言葉や振る舞いを選びとられていた。

Copyright© 2025 Kongo Shuppan All rights reserved.