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このたび,大学の同級生でかつ長い親友の岩田先生(国立がん研究センター中央病院感染症部長/慶應義塾大学医学部特任教授:本誌編集委員)のご紹介で,医薬ジャーナル社の月刊誌「化学療法の領域」のカラーグラフィックに『感染症診断と病理』を連載させていただくこととなった。今のところ計45回にわたって連載する予定である。感染症の病理,とくに病理診断の専門家はごく限られていることから,果敢にも筆者が単独・単著で担当させていただく。 連載第1回目の内容は「感染症の病理診断の意義 -臨床的に疑われなかった感染症-」とした。今後の連載(総論および臓器別各論)の趣旨を以下に述べさせていただく。 感染症の種類は数え切れないほど多い。世界的な見地からすると,感染症はヒトの疾患の中でもっとも重要な位置を占めている。わが国における感染症は,海外旅行やグルメ食の普及,性風俗の変化,化学療法やエイズによる免疫不全症に続発する日和見感染症の増多などの要因により複雑・多様化している。臨床医に適切な対応が求められるのは当然だが,病理医にとっても,まれな感染症に遭遇したときの対策は重要課題と言える。 感染症の病変に遭遇したときの病理診断が“肉芽腫性炎症”では,腫瘍の診断に“上皮性悪性腫瘍”とするのと同じでありもの足りない。感染症の病理診断は次の2点を考えると,がんの病理診断と同等に重要である。① 正しい診断が患者の治療に直結する。② 診断結果に「社会性」がある。新興感染症,レジオネラ肺炎,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)感染症,性行為感染症(STD)や多くの伝染性疾患では迅速な最終診断が社会秩序保持に一役買う。たとえば,梅毒やクラミジア症では迅速な病理診断が,本人の利益のみならず,社会へのSTD蔓延防止に役立つだろう。患者が病院に通う短期間のうちに適切な病理診断を返すことが必要である。言うまでもなく適切なバイオハザード対策は,院内・職務感染防止,市中伝播の防止の観点からきわめて重要である。 正確・適切な病理診断には臨床医と病理医の連係プレイが不可欠である。不十分な臨床情報しか入手できない状況でくだされた不満足な病理診断の責任を病理医だけのせいにしないでほしい。臨床医が病理医に何を期待するのかを明記した病理申込用紙が望ましい。病理医からすれば,臨床医への電話やメールこそが正しい診断のキーポイントとなるコミュニケーション手段である。臨床医・病理医ともに追加検査の依頼を躊躇してはならない。 感染症の病理診断では肉眼所見・HE染色・パパニコロウ染色やギムザ染色による組織・細胞像が基本となり,グラム染色・PAS染色・グロコット染色・Ziehl-Neelsen染色といった特殊染色がしばしば併用される。免疫染色やin situ hybridization(ISH)法は感染症の病理診断に適した方法論である。病原体抗原・ゲノムはヒト組織には存在しないため,ノイズの少ない組織化学染色が可能である。ISH法では病原体が異種核酸を有するためにDNAを検索対象に選べる。病原体ゲノムはよく研究されており,特異的標識プローブがデザインしやすい。感染症病巣には病原体数が多く,組織化学的証明に適している。病原体の粒子構造は安定で,ホルマリン固定パラフィン切片を利用した電顕観察が可能である。さらに,感染症回復期患者血清中の特異抗体を組織切片内の病原体同定に応用できる。 したがって,今後の連載では,さまざまな感染症の肉眼所見,組織・細胞所見,各種組織化学染色の提示が主体となる。乞うご期待あれ。